血統を研究する上で必須になる学問は、やはり生物学であり、遺伝学であろう。
自分は獣医師なので、当然ながら生物学の知識はある程度あるのだが、遺伝学については正直に言って「メンデルの法則だっけ?」くらいの浅い知識しかなかった。
今回、一から血統と遺伝学について頭に入れようと思い、以下の2冊の本を読んだ。
- 遺伝学に関する参考書籍
- ・「サラブレッドの生物学 競走馬の速さの秘密」(『生物の科学 遺伝』編集部、NTS)
・「生物学・遺伝学に基づくサラブレッドの血統入門」(堀田茂、星海社)
特に2つ目の本は、筆者自身も獣医師で、競馬ファンにもわかりやすい事例を挙げながら遺伝について解説されていたので、夢中になって読んでいたら、あっという間に完読してしまった。
2冊の本を読んだうえで、自分自身の血統に対する考え方がアップデートされたので、本の批評も含めて書いていきたい。
未来を予測できないのは馬券も血統も同じ
血統を研究していると、「血統を見ることでその馬の能力や将来性を予測できるのではないか」と期待している自分に気づくのだが、遺伝学に関する本を読んでそれは”幻想“に過ぎないと思うようになった。
なぜか?
それは、あまりにも遺伝学は複雑で未知の領域が多いことを知ったからであり、もっと本質的なところで言うと、科学すら絶対ではないと気づかされたからである。
血統を見てその馬を評価することは誰でも自由にできる。ただ、その評価は後付けの都合の良い解釈である場合が多く、いくら過去の傾向を分析したところで、それが未来にも同じように起こるとは限らないのである。
例えば、有名な血統配合理論であるクロス(インブリード)やニックスも、全くといっていいほど科学的根拠がない理論である。
過去の名馬の血統を引っ張り出して「この3×4のクロス(いわゆる奇跡の血量)があるから名馬になったのだ」ともっともらしく言っている人に対して、「じゃあ3×4のクロスがあるのに未勝利で終わった馬がそれ以上に多いのはなぜですか?」と聞いたたときに、どのくらいの人がまともに答えられるだろうか。遺伝学的には、クロスはむしろ負の影響(体質の低下など)が心配されるわけであって、こういった理論がいまだに盲目的に信じ続けられているところが競馬界全体の危うさを表している。
とはいえ、これを言っては元も子もないが、科学すら万全とは言えないのである。科学は1つの事実に過ぎないのであって、これを上書きするような事実が現れれば、一気に前提が変わってしまう。遺伝学についても、メンデルの法則しかなかったところに、染色体やDNAといったミクロの世界が新たに発見され、いまや全ゲノム(遺伝情報)が解読できるまでに進歩しているわけである。
だからこそ、遺伝学といえども、血統を見る上での補助的な知識くらいに考えたほうがよい。決して、遺伝学で血統を全て理解しようとすべきではないし、できるわけがないのだ。まして科学的根拠のない血統理論は、もはや”都市伝説”とすら言えるかもしれない。
馬券を買っていると、たまに予想が当たることがある。「もしかするとこういう理論が成り立つかもしれない」とその時は思うのだが、次に同じように馬券を買うと外れてしまう。しかし、人間は一度「こうだ」と思い込むとそれに都合のよい材料しか集めなくなるので(いわゆる確証バイアス)、外れたレースは無視して当たったレースばかりに注目して「ほら、やっぱりそうだ」と勝手に自信を深めていくのだ。
私自身、何度も馬券を外してようやく気付いた。
「誰であろうと未来は予測できない」
当たり前のことのようだが、意外と人間は未来を予測できているように錯覚してしまう動物だ。
「自分は雨男だ」と言う人は、晴れている日のことなどすっかり忘れて、雨が降った日のことばかり記憶に残しているから、雨の日に限って「ほら降った」とあたかも自分が未来を予測したかのように言いふらす。「じゃあ、晴れた日は何日あったの?」と聞いても「いや、そんなに・・・」とはぐらかす。ほとんど当たらないのにたまに馬券が当たった人の自慢話と同じではないか。
血統理論を考えるのは自由だが、理論に当てはまらない馬の存在を無かったかのように扱う姿勢は、自称雨男や馬券ベタのそれと同じである。
父系重要説にも母系重要説にも異議あり
2冊の本のうち「生物学・遺伝学に基づくサラブレッドの血統入門」には筆者の堀田茂氏が考える血統理論(仮説)が掲載されている。堀田氏は、著書の中で科学的根拠のない血統理論に異を唱えていて、その最たるものが”父系重要説”すなわち種牡馬に主眼をおいた血統理論である、としている。
例えば、ディープインパクトが種牡馬として優れていると言われるのは、ディープインパクトの配合相手にGⅠ馬やGⅠ馬の親など優秀な繁殖牝馬たちばかり集められているからではないか、と堀田氏は指摘している。さらに、オスからオスへ受け継がれるY染色体に優秀な遺伝子があると仮定しても、Y染色体が受け継がれることのないメス(牝馬)にも優秀な産駒がいるのだから、ディープインパクトやその父のサンデーサイレンスばかり(父系ばかり)重要視する意義は薄い、とも指摘している。
一方で、堀田氏は競走馬の母系に注目し、生涯にたった10頭ほどしか産めない繫殖牝馬の中に3頭や4頭もGⅠ馬を産んでいる牝馬がいることは驚くべき事実であり、父系よりむしろ母系が重要なのではないか、といういわば”母系重要説”を仮説として掲げている。
さらに、堀田氏は母性遺伝する(メスからメスへ受け継がれる)ミトコンドリアDNAにも着目し、このミトコンドリアDNAにこそ競走馬としての重要な遺伝子が含まれていて、この重要な遺伝子に影響を与える別の重要な遺伝子が核にも含まれているから、メスだけでなくオスにも母の優秀な遺伝子が受け継がれる、という遺伝学的な根拠を述べている。
要するに、父性遺伝するY染色体では説明できないことを、母性遺伝するミトコンドリアDNAでは説明できるから、観察される現象からも遺伝学的見地からも母系重要説の方が父系重要説よりも有力だと見ているわけである。
この点については、納得できる点と納得できない点がある。
私自身も、最近は種牡馬や父系(サイアーライン)だけを見てその競走馬の能力を推測することはしないようにしている。理由は、競走馬は父だけの影響を受けているわけではなく、父と母の両方から50%ずつ遺伝子を受け継いでいるわけで、当然として母からの影響を少なからず受けているからである。
だから、堀田氏の父系重要説に対する疑問も理解できるのだが、だからと言って、母系重要説が有力とも考えにくい。
例えば、生涯で3頭や4頭もGⅠ馬を産んでいる繫殖牝馬がいることは確かに重要な事実ではあるが、だからといって、母系が父系よりも重要とは言えないと思う。問題は、サンプル数である。
確かに、種牡馬1頭あたりの産駒数と、繁殖牝馬1頭あたりの産駒数では、圧倒的に繁殖牝馬の産駒数の方が少ない。しかし、種牡馬の総頭数と繫殖牝馬の総頭数を比べれば、圧倒的に繁殖牝馬の数の方が多いのである。
つまり、【種牡馬の数×GⅠ勝ち産駒数】と【繁殖牝馬の数×GⅠ勝ち産駒数】を比べる必要があるのでないか。
国内のサラブレッドの年間生産頭数は約8,000頭だから、少なくとも国内には8,000頭の繁殖牝馬が存在する。これに対して、2025年に種付けを行った種牡馬の数は269頭である(公益財団法人ジャパン・スタッドブック・インターナショナルHPよりhttps://www.jairs.jp/contents/archives/2025/46.html)。
GⅠ馬を複数産んでいる繁殖牝馬は8,000頭の中の数頭~十数頭であって、割合としては0.1%程度である。一方、GⅠ馬を複数産んでいる種牡馬は10頭程度としても全体の3~4%はいるわけで、さらに種牡馬に関しては厳しい選抜が行われている事実も忘れてはいけない。選抜から漏れてしまった牡馬の中には、実は、種牡馬として優秀だった馬もいるかもしれないわけだ。
繫殖牝馬に関しては8,000頭もいるのにGⅠ馬を複数産んでいる馬は10頭しかいない。しかし、種牡馬に関しては選抜も行ったうえでGⅠ馬を複数産んでいる馬が10頭もいる、という見方をすれば、父系が重要か母系が重要か、どちらかわからないではないか。
GⅠ馬を産んでいない繁殖牝馬が9割以上もいるのに、残りのわずかな馬を見て「母系が重要」というのは、まさに、先述した”自称雨男”たちと同じではないか、と思うのである。
やはり、血統は難しいし、科学でも解決できない点は多い。血統で馬の未来が予測できる、というような幻想は持たずに、あくまで謙虚な気持ちで遺伝学も意識しながらコツコツ研究するしかない。