地方競馬は中央競馬の”2軍”だとしても”落ちこぼれ”が活躍できる舞台として大事な存在

地方競馬は中央競馬の”2軍”だとしても”落ちこぼれ”が活躍できる舞台として大事な存在

タイトルからして不穏な感じだが、私の率直な考えだ。

2軍という言い方が良くないかもしれないが、言い換えれば、地方競馬はサッカーJリーグでいうところのJ2(2部リーグ)のようなイメージだ。

プロスポーツの世界は厳しい。

鳴り物入りでトップリーグに加わったとしても、デビューすらできない選手もいれば、デビューできたとしてもトップで活躍できる見込みがなければ、下部リーグに移籍させられることもある。

そう。現役を続けられるだけ、まだマシ。プロスポーツは、そういう世界だ。

しかし、トップリーグでくすぶっているよりも、早々に下部リーグに移籍して(しかも移籍先から乞われて)、多くのファンたちに自分のプレーを見てもらえるのは、ある意味で幸せなことではないか。

確かに、トップで活躍することは誰もが憧れることだし、プロである以上、そこを目標にすべきかもしれない。

ただ、当然ながら、トップで活躍できる選手は全体のほんの一握りだけだ。そこからこぼれ落ちてしまった”落ちこぼれ”たちは、厳しい現実の前にただ泣き崩れるしかないのか?

そんなことはない。トップだけでは回らない。その下で働く大勢の人たちがいてこそ、トップの価値が保たれるのである。それが社会というものだ。

競馬も、同じことが言えるのではないか。

我々多くの競馬ファンは、中央競馬の華やかなところばかり目を奪われてしまい、その下に隠れている無数の”落ちこぼれたち”の存在を忘れてしまっている。

しかし、地方競馬のファンは知っている。中央の”落ちこぼれ”たちが、地方競馬という新たな舞台でキラキラ輝いている姿を。

馬自身は、自分が中央で走っているのか、地方で走っているのか、自分がトップホースなのか、落ちこぼれなのか、おそらくはわかっていないだろう。

ただ、私たちの記憶に残るような馬になれるかどうか。その点だけは、競走馬として生まれた彼らの運命において、何よりも価値があることではないか。「あんな馬がいたね」と思い出してもらえる存在になれば、彼らとしても競走馬として生まれた甲斐があっただろうと、我々ファンも納得できるのである。

2軍でもいいじゃないか。

地方競馬は、競走馬たちにとって残しておかなければならない”大事な場所”なのだ。

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