2026年7月27日、日本中央競馬会(JRA)は海外競馬の馬券発売を116レース(注:これまでは32レース)にまで拡大すると発表した。
【参考リンク】JRAホームページ「海外競馬発売対象競走の拡大」
ニュースだけ見て勘違いしているファンもいるかもしれないが、あくまで日本馬が出走を予定しているレースが発売対象であって、毎年必ず116レースの馬券が発売されるわけではない。そもそも、日本の競馬ファンがどれだけ海外競馬に注目しているのかという疑問は大いにあるが。
拡大されたレースのリストを見ると、フランスダービーやアイルランドダービーの名前もある。果たして、日本ダービーを差し置いてフランスやアイルランド、イギリスに3歳馬を遠征させる競馬関係者がどれだけいるだろうか?「どんどん海外へ行け」とJRAや農林水産省がハッパをかけていると前向きにとらえたいが、先日のキングジョージの日本馬の惨敗ぶりを見れば(以下の記事を参照)、今回の馬券発売の拡大はブラックジョークにしか見えなくなる。
まず忘れてはならないのは、そもそも国内でのギャンブル(賭け事)は原則禁止されているということ。詳しくは以下の記事を見てほしい。
競馬に関しては、競馬法という法律で例外的に馬券の発売と購入が認められていて、馬券を発売することができるのは、中央競馬を主催するJRAと地方競馬を主催する地方自治体に限られる。つまり、JRAは独占的に馬券発売権を与えられているのだ。
ちなみに、イギリスやオーストラリアではブックメーカーと呼ばれる公認の”私設馬券屋”が馬券を発売しているのだが、詳しくは以下の記事に書いている。
そもそもJRAに馬券発売の権利が与えられている理由は、JRAが中央競馬の主催者だからであって、国(農水省)はJRAをコントロールしながら、馬券売上の一部を吸い上げて様々な施策の財源としているのである。
つまり、本来違法であるギャンブル(競馬)を国の監督下に置いて、馬券の売上を国民のために使うという大義名分があるからこそ、馬券は例外的に合法化されているわけだ。
そこで問題になるのが、海外競馬の馬券を発売する意義である。
なぜ、中央競馬の主催者であるJRAが、自らが主催していない海外競馬の馬券を発売しなければならないのか、という根本的な疑問がわいてくる。
競馬法に以下のような条文がある。
(海外競馬の競走の指定)
第三条の二 農林水産大臣は、海外競馬(海外において実施される競馬であつて、我が国と同等の水準にあると認められる競馬の監督に関する制度により公正を確保するための措置が講ぜられているものをいう。以下同じ。)の競走のうち、日本中央競馬会が勝馬投票券を発売することができるものを指定することができる。2 前項の規定による指定は、第十四条の規定による登録を受けた馬を出走させることができる海外競馬の競走であつて、当該登録を受けた馬を出走させた場合に馬の改良増殖その他畜産の振興に寄与すると見込まれるものについて、するものとする。
競馬法(昭和23年法律第158号)より抜粋
要するに、農林水産大臣が「馬の改良増殖その他畜産の振興に寄与すると見込まれる」と認める海外競馬のレースであれば、JRAの登録馬が出走する場合に限ってJRAが馬券発売することを例外的に許可する、というルールがあるのだ。
というわけで、農林水産大臣はこの度、「馬の改良増殖その他畜産の振興に寄与すると見込まれる」レースを116レースまで拡大して指定したというわけだ。
ただ、「馬の改良増殖~」というのは建前であって、国の本音は海外馬券の発売を法制化(競馬法の改正)した際の資料に書いてある。
海外競馬の勝馬投票券発売によって、海外競馬の競走に対するファンの関心が高まる一方、国内競馬への関心が薄れ、国内競馬の売上げが減る可能性についての懸念も示された。これに対し農林水産省は、世界的にレベルの高い競走で国内競走馬が活躍することは、日本の競馬ファンの競馬そのものへの関心を更に高めるとともに、帰国後に国内競走に出走する場合に話題性も高まること等が期待され、国内競馬への関心が薄れる心配はないとしている。
(中略)
こうした厳しい状況にある馬産地の振興対策について質疑があり、農林水産省は、JRAの資金を活用した競走馬生産振興事業などによって、優良な種牡馬や繁殖牝馬の導入、先駆的な軽種馬生産施設の整備等の支援を行い、軽種馬生産構造の強化を推進していくとしている。ただし、競馬そのものは、我が国の食料の安定供給や自給率の向上に資するものではないため、国の予算による支援を行うことは困難との見方を示した。
「海外レースの馬券発売をめぐる課題― 競馬法の一部を改正する法律が成立 ―」(参議院農林水産委員会調査室)より引用
つまり、「海外競馬で国内競走馬が活躍すれば、国内の競馬も盛り上がって馬券売上(=国の収入)が増えるでしょ?」「でも、国内競馬のレベルアップはJRAがやるべきで、国は支援しないよ」という風に言っているわけだ。
馬の改良増殖だ、畜産の振興だ、と言いながら、そもそも海外競馬で国内競走馬が活躍するためには国内の生産、育成、調教、レースの各段階でのレベルアップが必須であるにもかかわらず、そこに国は関与する気がないのである。
これだけ見れば、国としては財源収入を増やすためだけに海外競馬の馬券発売拡大を推し進めているようにしか受け取れない。国内競走馬が海外レースで勝とうが、負けようが、馬券収入が増えたらどっちでもいい、というのだろうか?
国の苦しい立場もわかる。あくまで、国(農水省)は国民の代わりとなって競馬を監督しなければならない立場であって、ギャンブルを好まない層や競馬以外の農林畜産業がある中で、競馬を特別に支援する立場には立てないだろう。
であれば、少なくとも「馬の改良増殖」のために指定した責任のもとに、海外レースで国内競走馬が活躍するためにどのような施策を打つべきか、農林水産省はJRAと一緒になって真剣に検討すべきである。農水省の職員は先日のキングジョージの”惨状”は見たのだろうか?
中央競馬における調教やレースのレベルアップはJRAに責任の大部分があるだろう。一方で、サラブレッドの生産や育成のレベルアップについて、JRAは「それは我々の責任ではない」と言うだろう。じゃあ、農水省が生産、育成に支援するかといえば、先述のとおりである。この”縦割り”なところが国内競馬のレベルアップにブレーキをかけてはいないだろうか。
是非ボトムアップでレベルアップを図ってほしいとも思うのだが、国レベルで国内競馬を推進しているアイルランドや中東(ドバイ、サウジアラビアなど)に対抗するためには、現場の努力だけでは到底無理な話だと思うのだ。
フォーエバーヤングがブリーダーズカップクラシックに勝ったことで、アメリカ競馬には手がかかり始めたが、アメリカは商業主義で「盛り上がればそれでいい」という雰囲気がある中、伝統やプライドを重んじる欧州競馬の牙城はいまだに崩せない。日本馬がイギリスダービーやアイルランドダービーに出走する日は、まったくもって想像できないのである。