ついに、函館で決めた。
2026年7月12日(日)の函館競馬場。
第7レースの3歳以上1勝クラスで1番人気のヒミノエトワールに乗った武豊は、接戦を制して通算5000勝を達成した。
とはいえ、JRA通算5000勝というわけではなく、地方と海外を合わせて5000勝を達成したわけで、本人は「JRAも扱いが困るだろう」的な気を遣うコメントも出していた。
同日の開催終了時点で、武豊のJRAにおける通算勝利数は4669勝。JRA通算5000勝までは残り331勝ということで、少なくともあと2年以上はかかりそうである。
つまり、武豊が還暦(60歳)の時にJRA通算5000勝達成という予想もたつわけだ(以下の記事を参照)。
通算5000勝の記念に、というわけではないが、武豊の著書「名馬たちに教わったこと~勝負師の極意Ⅲ~」を読んだ。
JRA通算4000勝のタイミングで書かれた本だが、武豊は本の中で「4000勝は想像すらできない数字だった」と述べている。
果たして、”想像すらできない数字”を達成した自分自身について、武豊はどう感じているのか?
上のブログ記事にも書いたが、武豊は「数字にこだわりはないし、4000勝を目標に騎手を続けているわけではないので、それほど特別感は持っていない」と当時は語っていた。
これを私なりに解釈すると、
「ただひたすら勝ちたい一心で騎手を続けていたら、自然に4000勝に到達していた。だから、ゴールというよりは通過点であって、騎手であり続ける限り”数字”は増えていく。ただそれだけだ」
ということだと思う。
だから、5000勝も単なる数字であって、やはり、武豊自身にとって特別感はないのだろう。
ただ、周囲がこれだけ盛り上がるわけだから、戸惑いはありつつも、周囲が喜んでくれるなら自分も嬉しい、というくらいは思っているのではないか。
著書を読むと、武豊は「上手くなりたい」ということにしか関心がないように感じた。
もちろん、上手くなりたいのは「勝ちたい」からであって、もっと上手くなればもっと勝てる、という思いが強いわけだ。ここが武豊の凄いと思うポイントで、つまり、あれだけの成績と歴史をつくっておきながら、レースで勝てないのは馬の能力ではなくて自分の技術が足りないせいだと受け止めているのだ。
さらに凄いのは、足りない技術はもっともっと伸ばせると信じて、「負けから学ぼう」という謙虚な姿勢とモチベーションを57歳の現在でも続けているところだ。
そして、武豊には騎手がやめられない、いや、やめたくない理由がある。
ディープインパクトな”本当に強い馬”に出会って、もう一度、凱旋門賞に挑戦したい。そして、勝ちたい。
ただ、凱旋門賞に勝ったとしても、武豊にとってはそれすら通過点に過ぎないのかもれない。