騎手の大事な仕事は”馬の邪魔をしない”こと

騎手の大事な仕事は”馬の邪魔をしない”こと

元騎手の蛯名正義調教師が著書の中で言っていた。

「騎手は馬の邪魔をしない乗り方をすべきだ」と。

武豊騎手も同じようなことを言っていて、「騎手はあまり自己主張が強くないほうがいい」と。

要するに、馬の能力を引き出すことが騎手の役割であって、騎手の力で馬を勝たせようなんておこがましい、ということだろう。

当然、私は馬に乗って競馬レースを走ったことがないので、このことを感覚的に理解することは難しいが、論理的にはよく理解できる。

競馬ファンは意外と忘れがちだが、競馬レースを走るのは、人間ではなく、馬である。

「そんなこと当たり前だろ。忘れるはずがない」

と反論する競馬ファンもいるだろうが、特に馬券を買っている人たちは冷静になって自分の言動を振り返ってほしい。

馬券が外れた理由を”騎手の乗り方”のせいにしたことはないだろうか?

「なんで逃げたんだよ。後ろにいれば勝てたのに」とか「あんなコースに入るから前がつまったんだ」とか。

これはつまり、馬の能力で負けたわけではなく、騎手の能力のせいで負けたと言いたいのだ。

果たして、本当にそうなのか?

確かに、プロフェッショナルである騎手はレースで負けた責任を少なからず負うわけで、騎手だって「なぜ負けたのか?どうすれば勝てていたのか?」ということは常に反省をしている。武豊騎手くらいのキャリアがある騎手でも、いまだにその反省を怠ることはない。

とはいえ、満足のいく騎乗はできたけど、馬の能力の問題で負けてしまったということもあるし、逆に、下手に乗ってしまったけど馬の能力で勝ってしまったということもあるのだ。蛯名調教師も著書の中で「自分は馬にまたがっていただけです」というコメントを勝利騎手が発するのは、謙遜ではなく本心でそう言っているのだと断言している。つまり、騎手も「馬に勝たせてもらった」という感覚があるのだ。

結局、馬の能力がなければ、どんなに上手く乗ったところでレースには勝てないのである。逆に言えば、どんなに下手に乗ろうが、馬の能力があればレースで勝てるということである。

よく考えれば、優秀な馬というのは、騎手が落馬したとしても、いわゆる”カラ馬”の状態でレースを走り切ることができる。しかも1番で。

それで思い出されるのは、2025年のジャパンカップで川田将雅騎手が落馬した後、カランダガンやマスカレードボールを相手に”1着でゴール”したアドマイヤテラ。落馬はいただけないが、彼はおそらく相当乗りやすい馬だと思う。本当に、”騎手がまたがっているだけで勝てる馬”なのだ。だからこそ、騎手は馬の機嫌を損ねたり、邪魔をしたりするような騎乗をしてはいけないのだ。

騎手は、”馬の重り“であって、馬がいかにその”重り”と上手に付き合えるかが、レースで勝つためには重要であると思う。当然、その”重り”には負担重量(斤量)の要素も含まれる。ハンデが重ければ重いほどレースで勝つのは難しくなるし、さらにその重りが邪魔をすればするほどレースで勝つ確率は下がるというわけだ。

騎手のことを重りだとが邪魔だとか言っているが、決して騎手を馬鹿にしているわけではなく、騎手自身が言っている話だ。しかもトップジョッキーの言葉だから、これは真理に近いと思っている。

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