今回解説するニュースはこちら。
軽種馬の登録業務などを行うジャパン・スタッドブック・インターナショナルは6日、2025年の国内の軽種馬生産頭数が8236頭(うちサラブレッド8233頭、アラブ1頭、アングロアラブ2頭)だったことを発表した。生産頭数は10年連続の増加で、8000頭を超えるのは05年以来20年ぶり。 血統登録された産駒が一番多かった種牡馬は、マイルGⅠ4勝ジャンタルマンタルなどを送り出しているパレスマリスで178頭だった。キズナが147頭で続き、産駒が100頭以上血統登録された種牡馬は18頭だった。
2026年2月6日サンケイスポーツ「2025年の国内軽種馬生産頭数が20年ぶりに8000頭を突破! 血統登録最多はパレスマリス産駒で178頭」
競馬ファンであれば「馬が増えれば競馬が盛り上がるし、良いことでは?」と思うかもしれない。 はたして、日本競馬の未来にとって喜ぶべき数字なのだろうか。 今回は、その他の統計データと照らし合わせながら、今後の日本競馬がどうなっていくのか考察していく。
サラブレッドの生産頭数と生産牧場戸数の推移

第二次世界大戦中、アメリカによる本土空襲が激しくなっても馬を疎開するなどして何とか日本のサラブレッド生産の灯は消えずにすんだ。関係者の尽力の甲斐もあって、戦後すぐは1,000頭未満であったサラブレッドの生産頭数は、その後うなぎ上りに増加。ハイセイコーの活躍をきっかけとした第一次競馬ブーム中の1975年には、現在とほぼ同じ水準(7,800頭)にまで生産頭数が伸びている。
その後はいったん落ち着いたが、バブル景気とともに再び生産頭数がうなぎ上りに増加。オグリキャップと武豊騎手の活躍をきっかけとした第二次競馬ブーム中の1992年には、ついに1万頭を超え(10,309頭)、ここで国内のサラブレッド生産はピークを迎えることになる。
その後、バブル崩壊とともに生産頭数は急落。
2012年に6,824頭で底を打つと、そこからはほぼ右肩上がりで生産頭数は増加していった。そして、2025年には8,000頭を超え、第二次競馬ブーム中の水準にまで日本のサラブレッド生産は復帰したのである。
一方、生産牧場の戸数を見ると、第二次競馬ブーム以降に減少する傾向は生産頭数と同じであるが、2012年以降も減少傾向に歯止めはかからず、2025年まで右肩下がりで減り続けている。
すなわち、ここ最近の傾向としては、生産牧場の数は減りつつも生産頭数は増え続けるという、いわばサラブレッド生産の大規模化または集約化が進んでいるということだろう。
サラブレッドの生産頭数と競走馬の登録頭数の推移

生産牧場で生産されたサラブレッドは、当然のことながら、そのほとんどが競走馬としてデビューすることになる。仔馬の時に病気や事故などで死亡した馬、あるいは、何らかの理由で競走馬になれなかった馬はここから除かれる。
中央競馬または地方競馬に在籍する馬、すなわち、日本中央競馬会(JRA)または地方競馬全国協会(NAR)に登録された競走馬の頭数をグラフにして見てみると、中央と地方でその推移の仕方に大きな違いがあることがわかる。
まず、地方競馬の登録頭数については、サラブレッドの生産頭数とほぼ同じ動きで推移している。
一方、中央競馬の登録頭数については、生産頭数に関係なく、1965年以降ゆるやかではあるが常に右肩上がりで増え続けている。むしろ、第一次および第二次競馬ブームの頃には登録頭数が横ばいで推移している。
ここから推察されることとしては、地方競馬と日本のサラブレッド生産業界との関連性(あるいは”結びつき”とも)が強いということである。すなわち、中央競馬は国内でサラブレッドがどれだけ生産されようと大きな影響は受けにくいのに対して、地方競馬はその影響をダイレクトに受けるということだ。
その要因としては、地方競馬が国産サラブレッドの受け口としての役割を果たしているということが考えられる。 よく知られているとおり、中央競馬は競争が激しく、そこで優秀な成績を収めるには競走馬のレベルも相当高くなければならない。一方、地方競馬は中央で通用しないレベルの競走馬が集まる場所であり、生産頭数が増えて競争が激しくなればなるほど、必然的に地方競馬に集まる競走馬の頭数も増えていくわけだ。
ちなみに、第二次競馬ブーム後に地方競馬の登録頭数が大きく減った理由は、地方競馬の競馬場が経営難のために次々と廃止されていったことも考えられる。 第一次競馬ブームの1975年には全国で30か所の地方競馬場があり、合わせて26,038頭の競走馬が各地に在籍していた(1競馬場あたり平均868頭)。しかし、2005年には競馬場が22か所に減り、競走馬の数も16,496頭まで減ってしまった(1競馬場あたり平均750頭)。
地方競馬の約1万頭の馬はどこへ行ってしまったのか?その答えについては、後述する。
サラブレッド生産と地方競馬の結びつきの強さを考えれば、第二次競馬ブーム以降のサラブレッド生産の落ち込みは、もしかすると地方競馬の凋落がもたらしたものかもしれない。
サラブレッドの生産頭数と馬券売上(売得金)額の推移

中央競馬と地方競馬のそれぞれの馬券売上げ(競馬用語では「売得金(ばいとくきん)」)の推移を見ると、いずれもサラブレッドの生産頭数とリンクした動きになっていることがわかる。 すなわち、生産頭数が増えれば増えるほど売上額は増え、逆に、生産頭数が減れば減るほど売上額も減る、ということだ。
厳密に言えば、地方競馬は少し違った推移の仕方をしていて、具体的には、第二次競馬ブーム以降の売上額の減少が中央競馬よりも早く始まっている。中央競馬の売上額のピークは1996年だが、その時点で地方競馬は明らかな減少傾向に入っている。 なぜ中央よりも地方のほうが早く減り始めたのかはわからないが、バブル崩壊の影響が地方競馬のファンにより早く出始めたのだろうか?
この地方競馬の売上低迷が、先述の競馬場廃止につながっていったことは、言うまでもない。
しかし、サラブレッドの生産頭数が底を打った2012年前後から、中央も地方も馬券売上額が増加傾向に変わり、現在までこの増加が続いている。特に、地方競馬に関しては2024年度末の時点ですでに第二次競馬ブームを超えるような売上額(1兆1,287億円余)を達成しており、かつての低迷が嘘のような空前の盛況が地方競馬に訪れているのだ。
サラブレッドの生産頭数と名目GDP・消費者物価指数の推移
すでにお気づきかもしれないが、サラブレッド生産あるいは競馬ブームというのは、世の中の経済状況や景気の影響を少なからず受けていると考えられる。
「卵が先か、鶏が先か」という議論はいったん置いておいて、一般的な経済指標の推移とサラブレッドの生産頭数の推移を見比べてみよう。

まず、名目GDP。名目GDPというのは、簡単に言うと日本全体の経済活動の強さを表す指標だ。これに対して、物価の影響を考慮した「実質GDP」という指標もあるのだが、馬券売上額についても特に物価は考慮せずに推移を見ていることから、今回は名目GDPを比較に使うことにした。 名目GDPが高ければ高いほど、国内の経済活動が活発であるということになる。
サラブレッドの生産頭数の推移と比較してみると、名目GDPの推移もこれとほぼ同じ動きを示していることがわかる。 すなわち、サラブレッドの生産頭数が増えれば増えるほど名目GDPも増える、逆もまたしかり、ということだ。 ということは、馬券売上額も名目GDPと同じ動きで推移していることになるわけで、サラブレッド生産も馬券も、いわば国民の経済活動の1つであるということが、このグラフからあらためて認識できる。

次に、消費者物価指数。消費者物価指数は、その名のとおり国内の物価の高さを表す指標だ。消費者物価指数が高ければ高いほど物価も高いということになる。物価が高いということは、ポジティブな見方をすれば、好景気で国民がお金を使いたがって供給が不足している、ということになるが、ネガティブな見方をすれば、インフレによってお金の価値が下がって相対的に物やサービスの値段が上がっているということになるだろう。
サラブレッドの生産頭数の推移と比較してみると、やはり名目GDPと同様に、消費者物価指数もこれらと同じ動きを示している。物価がどういう経済状況を表しているかを説明するのは難しいが、第二次競馬ブーム後に名目GDPと消費者物価指数がともに減少している期間は、いわゆる”平成不況”といわれる不景気の時期にあたり、サラブレッドの生産頭数や馬券売上げが落ち込むタイミングと重なっている。
卵が先か、鶏が先か―国内経済が先か、競馬が先か―という議論に関しては、正直に言ってどちらが先かはわからない。しかし、競馬が国内経済を左右するほどのインパクトがあるとは考えにくいことから、常識的に考えれば、国内の経済状況や景気が、サラブレッドの生産頭数や馬券の売上げに影響を与えていると考えるべきだろう。
サラブレッドの生産頭数と公営競技(競馬・競艇・競輪)の売上額の推移

「競馬が国内経済の影響を受けているというのは本当か?たまたま同じ動きをしているだけではないのか?」という疑問も出てくるだろう。
そこで、競馬以外の公営競技、具体的には競艇(きょうてい)と競輪(けいりん)の売上額の推移を見てみたい。
結論的には、競艇も競輪も、競馬とほぼ同じ推移を示していた。 この一致を見れば、競馬の世界だけが特別な動きをしていたわけではないことがわかる。 第一次競馬ブームや第二次競馬ブームが起きていたころ、実は、競艇や競輪の世界にも一大ブームが来ていた。 競艇も競輪も、競馬と同様に国内経済の影響を受けていたのだ。
景気が良くなれば売上げは増えるが、景気が悪くなれば売上げが減る。
好景気に乗せられ、ギャンブル(公営競技)にお金を使いたいという人が増え、競馬場には人があふれ、その熱狂によって馬主がたくさんの競走馬を求め、サラブレッドの生産頭数は増え続けた。 ところが、ブームが去れば、ファンも馬主も生産者も経済的に厳しくなって、馬券の売上も、競走馬の数も、生産頭数も減っていった。
歴史は繰り返される。
2025年、第一次競馬ブームを超える8000頭余のサラブレッドが生まれたというニュースに、果たして我々競馬ファンは素直に喜んでいいのだろうか?
サラブレッドの過剰生産は不景気によって“処分”される馬を増やす

記事の前半で、地方競馬が国内のサラブレッド生産の受け口の役割を果たしていること、そして、競馬場の相次ぐ廃止に伴って地方競馬に在籍した約1万頭の馬がいなくなったことを解説した。
いなくなった馬たちの行きつく先は、ほとんどの場合が「と畜場」。つまり、肉になるということだ。これを”処分”という言い方をする場合もある。
馬のと畜頭数(と畜場で肉になった馬の頭数)の推移を見てみると、第一次競馬ブームの直後、そして第二次競馬ブームの直後にわずかに増加していることがわかる。内訳は確認できないが、この中には、ブームが過ぎて地方競馬から”あぶれてしまった”馬たち(特に廃止された競馬場の馬たち)が含まれていることが推察できる。
ブームは、あくまでブーム。必ず終わりが来る。 そして、歴史は繰り返される。競馬ブームを終わらせるのは、厳しい不景気。 ブームのあとには、競馬業界全体の停滞と、そして、たくさんの”処分”される馬たちを生みだすことになるだろう。
サラブレッドの生産頭数も、馬券の売上げも順調に伸び続ける中、バブル期のような好景気がくれば、第三次競馬ブームの到来もありうるだろう。
第一次競馬ブームをつくったハイセイコーも、第二次競馬ブームをつくったオグリキャップも、もとは地方競馬にいた馬であった。 競馬ブームによって結果的に”処分”される地方競馬の馬たちが増えてしまったことは、ハイセイコーやオグリキャップにとって良いことだったのだろうか?
競馬ブームをつくったのは人間だ。馬に責任はない。 競馬業界にとって望ましい結果をもたらすことができるかどうかは、我々人間次第なのだ。
参考サイト
農林水産省
内閣府
日本中央競馬会(JRA)
地方競馬全国協会(NAR)
公益財団法人ジャパン・スタッドブック・インターナショナル
公益社団法人日本馬事協会
サンケイスポーツ
