武豊騎手も嘆く地方騎手の収入の少なさ―地方競馬の騎手も命を懸けて馬に乗っている

武豊騎手も嘆く地方騎手の収入の少なさ―地方競馬の騎手も命を懸けて馬に乗っている

ハルウララの主戦騎手は、高知競馬の古川文貴(ふるかわふみたか)騎手。 旧高知競馬場(桟橋通り)の目の前で生まれ育った古川騎手は、両親に反対されながらも、高校を中退して栃木県にある養成学校に入学した。減量に苦しみながらも、何とか卒業して高知競馬の騎手としてデビュー。

2003年には2度の落馬事故で、2度とも入院した。 しかし、そのうちの1回の事故では、落馬で首を痛めたにもかかわらず、医者や周囲が止めることを聞かずに泣きながら「乗りたい」といって、2~3レース乗ってから病院に入ったのだという。

古川騎手は、高知弁で言うところの「いごっそう(頑固で気骨のある男)」だと周囲の人間は口をそろえる。

ハルウララの宗石調教師は「朝早くから調教に来てくれるので、ずっとウララに乗ってもらいたい。彼に断られていたら、(高知競馬の存続の危機に際して)ウララを処分していたかも」と述べているとおり、ハルウララには古川騎手という相棒がいたからこそ、最後まで走り続けることができたのだ。

しかし、ハルウララの第106戦目。高知競馬最大のレース「黒船賞」が行われたその日、ハルウララの背には、レジェンドジョッキーの武豊の姿があった。
高知競馬の企画で、ハルウララにJRAの武豊を乗せてレースを走らせる、という一大イベントが行われたのだ。

1万3,000人の大観衆の中、ハルウララは、やはり負けた。これでデビューから106連敗。 武豊をもってしても勝てなかったこのハルウララの外れ馬券は、「当たらない(ぶつからない)」ということでファンたちの交通安全のお守りになっていた(そのおかげで、ハルウララの単勝は断然の1番人気)。

そんなフィーバーぶりに武豊騎手も驚きを隠せなかったようだが、レース後、武騎手らしい冷静かつ的確な指摘を自身のホームページに残していた。

「もう1つ書いておきたいのは、ハルウララの今日の1着賞金がわずかに11万円だったこと。勝ったとしても、騎手の取り分は5500円。仮に5着だったとすると6000円ですから、騎手は300円にしかなりません。命をかけて乗るジョッキーにとって、それは酷な見返りではないでしょうか。」

当然だが、自分への報酬が少なすぎる、ということを武騎手は言いたかったのではない。 「こんな数百円や数千円のために地方競馬の騎手は命を懸けている」という地方競馬の窮状を訴えたかったのだ。

古川騎手は、数百円や数千円のために、落馬して体を痛めても命を懸けて馬に乗り続けた。

今の高知競馬の繁栄は、ハルウララだけでなく、彼ら競馬関係者の並々ならぬ熱意と努力と犠牲あってのものなのである。

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