「ダビスタ」こと、ダービースタリオンシリーズ。
2019年時点で累計900万本以上売れた、史上最もヒットした競馬ゲームと言っていいだろう。
ちなみに、ライバルの「ウイポ」こと、ウイニングポストシリーズは2025年時点で累計450万本。意外な感じだが、ダビスタはウイポに売上本数でダブルスコアをつけているのだ。
開発者の薗部博之(そのべひろゆき)氏は、「あんなに売れるとは思わなかった」という。
薗部氏は、オグリキャップのブームで競馬を始め、会社を辞めて一人でコツコツと”競馬の箱庭ゲーム”を作り上げた。
オグリキャップのラストランの翌年、1991年12月に、初代ダビスタ「ベスト競馬・ダービースタリオン」を発売。初代は、「ファミコン」こと、ファミリーコンピューター用のゲームソフトだった。
ダビスタと言えば、「面白い配合」など血統理論がゲームの醍醐味だったが、薗部氏はもともと血統に詳しかったわけではなく、「レース実況の面白さを再現してみたい」ということでゲームの製作を始めたのだという。
それが、友人の影響で血統を知り、ついには馬の生産からレースまで楽しめるダビスタの世界ができたのである。
薗部氏は、箱庭ではなく現実世界でも馬主になっている。
初めて手に入れた馬は、スタープログラマーという50万ドルのアメリカ産馬だった。
中央競馬でデビューしたスタープログラマーは、なんとデビューから3連勝。ついぞ重賞レースは勝てなかったが、それでも初めての所有馬が中央で5勝もしたというのは、並みの強運ではなしえないだろう。
実は、馬主になったきっかけは、雑誌の企画からだったという。
ダビスタの産みの親が実際に馬を買って走らせたらどうなるか、という「いかにも」な企画だが、結果はあまり面白くないものだったかもしれない。
薗部氏の所有馬で最も出世した馬は、重賞7勝のバランスオブゲーム。
弥生賞をはじめ、中山の中距離レースでめっぽう強かったイメージだが、2006年の宝塚記念で泥んこ馬場の中でディープインパクトの3着に入ったレースも印象深い。
雑誌の企画で始めた馬主生活で、6億円も稼ぐ一流馬を手に入れた薗部氏は、強運だけでは説明できない何かを持っている。
ダービースタリオンを作った功績と競馬界に与えた影響力を考えれば、競馬史に刻まれるべき偉人の1人だと思うのである。
