
理科の第3回は、生物。
今回は、「馬の走能力を支える骨格」について、中学生でも理解できるよう分かりやすく解説していきます。
馬の走能力を構成する要素
第1回の「馬とはどんな動物か」の中で、馬が肉食動物の危険から逃れるために生まれ持った特徴として、以下の3点を挙げました。
- 馬が肉食動物の危険から逃れるために生まれ持った特徴
- 1. 群れること
2. 危険をいち早く察知するために感覚器官を鋭敏化させること
3. 走能力を高めること
第1回では、このうち「2. 危険をいち早く察知するために感覚器官を鋭敏化させること」について解説しました。
まだご覧になっていない方は、以下の記事をご覧ください。
今回は、「3. 走能力を高めること」について詳しく解説し、競走馬がいかにして過酷な競馬レースを走り抜いているのか、生物学的な観点で紐解いていきます。

そもそも、馬の走能力は上の図で示したような要素で構成されていると考えられます。
すなわち、車のボディ、タイヤ、サスペンションにあたる骨格と筋肉、エンジンと吸排気系(マフラーなど)にあたる心肺機能、そして駆動系(ギアなど)にあたる歩法の3要素です。
なお、車のハンドルやアクセル、ブレーキ、シートなどにあたるのが馬具、運転手にあたるのが騎手、車の改造や走行テストにあたるのが調教ですが、これらは馬を競馬レースに出走させるための付加的な要素であって、走能力の根本的な要素ではありません。
というわけで、今回は3要素のうち骨格を取り上げて解説します。
なお、3要素の中の歩法については、以下の記事で詳しく解説していますので、こちらをご覧ください。
馬の体を支える骨格

中学校の教科書的に言うと、骨格というのは骨全体のことで、次の3つの役割があるとされています。
- 体全体を支えていること
- 脳や内臓など軟らかい器官を守っていること
- 筋肉による運動をすること
「走能力」と言ったときには、上記の「3.筋肉による運動をすること」だけが関係しているように思えますが、実は1から3までの全ての役割が関係します。

例えば「1.体全体を支えていること」という点です。
先ほども述べたとおり、骨格は車のボディやタイヤ、サスペンションにあたります。これらのパーツさえあれば、例えエンジンやハンドル、シートがなかったとしても、とりあえず見た目だけは車の形に組み立てることができますし(上図)、組み立てたものをポンっと地面の上においても、ひっくり返ったりバラバラに壊れたりすることはありません。
これがすなわち、「体(車)全体を支える」という骨格の役割になります。
馬の話から逸れてしまいますが、車の運動性能や乗り心地を向上する上で、車のボディやサスペンション、タイヤ――馬でいうところの骨格――というのは非常に重要なパーツです。いかにエンジンの性能が優秀だったとしても、これらのパーツが劣悪であればエンジンの性能を有効に使うことはできません。それどころか、安全性が下がり、乗り心地も悪くなるので、そのような車が実際に売られることはないでしょう。
道路の上を走るのはエンジン本体ではなく、地面に接しているタイヤであり、タイヤを支えるサスペンションであり、サスペンションと連結するボディなのです。
これ以上は車について詳しく解説しませんが、パーツの性能と同時に重要になるのは全体のバランスです。すなわち、いかに強靭なボディやサスペンションがあったとしても、全体の重量やエンジンのパワーに適した作りでなければ逆に運動性能を損なう結果になります。
馬の骨格についても同様で、パーツ1つ1つの性能はもちろん、骨格全体のバランスが良い馬ほど運動性能が向上すると考えられます。バランスが悪く、骨格がガタガタしている馬は、いかに優れた筋肉や心肺機能を持っていてもその性能をフルに発揮することはできないでしょう。
馬の脳や内臓を守る骨格

そして、「2.脳や内臓など軟らかい器官を守っていること」という骨格の役割についても、普通に競馬を見ていて意識することはほぼないと思います。
しかし、なぜ馬が走るのか、言い換えると、「馬を走らせている原動力が何なのか」を考えると、走能力との関係性が見えてきます。
例えば、上の図のとおり、頭蓋骨(とうがいこつ)は脳を守り、脊柱(せきちゅう)――いわゆる「背骨」――は脊髄(せきずい)という神経を守っています。軟らかい脳や神経がつぶれたり傷ついたりしないように、硬い骨がこれらの周りを取り囲んでいるのです。
馬が「走ろう」と思った時に走ることができるのは、馬の脳が「走ろう」という信号を生み出し、その信号が神経を伝わって馬の体の隅々に届けられるからです。
車に例えると、脳は車載コンピューター(ECU)で、神経は車全体に張りめぐらされた配線類です。これらは、安易に人が触れたり外部の刺激で傷ついたりしないよう、特に厳重に保護されています。

さらに、骨格は馬の内臓を守ってくれています。
肋骨(ろっこつ)――いわゆる「あばら骨」――は心臓や肺を守り、骨盤の骨は腸や肝臓などの臓器を守っているのです。
心臓や肺は、まさに心肺機能の要(かなめ)です。
腸は、運動に必要な水分や栄養を体内に吸収し、肝臓は運動に必要なエネルギー源を体の隅々に供給します。
これらをしっかり守らなければ、例え足腰が鍛えられていても馬は全く走ることができません。
そして、内臓を守る骨格には背骨も含まれます。背骨の真下に内臓があるからです。
このことは、巨大な内臓を持つ馬にとって致命的な問題です。
もし、運動することで背骨がグネグネ曲がってしまうと、背骨の動きによって内臓が圧迫され、走能力はもちろん、生命の維持にも支障をきたすことになります。
しかし、冒頭で述べたとおり、馬は肉食動物から逃げるために進化の過程でひたすら走能力を高めてきた動物です。「内臓を守るために全力で走らない」なんていう発想は本末転倒なのです。
その進化の過程で馬が取った戦略は、背骨を曲げずに速く走ること。
なんと、馬は背骨をほぼ固定した状態で走ることができるようになったのです。ただし、首やしっ尾は走っている間も曲げることができます。

四足歩行の哺乳類が全速力で走ることを「ギャロップ(襲歩)」と言いますが、上の図はサラブレッドと肉食動物である猫のギャロップを横から見た写真です。
ギャロップについては、以下の記事で詳しく解説しています。
猫の場合は、前足(前肢)と後足(後肢)の前後方向の動きに合わせて、背中を丸めたりビヨーンっと伸ばしたりしながら走ります。この時、背骨はグネグネと激しく動くことになります。
全身をバネのようにして走ることで、猫は速く走ることができるわけです。
一方、サラブレッドは全速力の間も背中のラインはピタッと水平に保たれています。ぜひ競馬レースの映像で馬の背中をじっくり観察してみてください。
何を隠そう、このサラブレッド(馬)の安定した走行姿勢こそが、人間が馬に騎乗することができる最大の理由なのです。
逆に言えば、背中がグネグネ曲がるチーターを人間が乗りこなすことは――仮にチーターが猫のように大人しかったとしても――ほぼ不可能です。
馬が選択した生存戦略――背骨を曲げずに走ること――が、奇しくも人間を乗せて走ること、ひいては競馬が誕生することにつながったのです。
馬の筋肉によって運動する骨格

以上の骨格の役割――運動と直接関係がないように見える役割――があって、初めて運動に直接関わる骨格も機能することになります。
というわけで、ここからは「3.筋肉による運動をすること」という骨格の役割について解説します。当然ながら、ここには筋肉も大きく関わってきますが、そちらは次回以降にあらためて詳しく解説します。
上の図のとおり、筋肉によって運動する骨格には大きく分けて3つあり、1つは前肢(ぜんし)の骨、もう1つは後肢(こうし)の骨、そし最後の1つが頸椎(けいつい)、すなわち首の骨です。
前肢と後肢が運動するイメージはあると思いますが、首の骨についてはどうでしょうか?
先ほども述べたとおり、馬は背骨を曲げずに走ります。ただし、首の骨としっ尾の骨は走っている間にも動かすことができます。この中で、走能力に重要な役割を果たしているのが首の骨の動きなのです。
首の骨は自分だけで動くことはできませんので、骨を動かすためには筋肉が必要になります。筋肉が首の骨を動かすことで、馬の首が動きます。
回りくどい言い方になりましたが、「首の骨の動きが」というよりは、「首の動きが」走能力にとって重要と言う方が正確かもしれません。

上の図は、サラブレッドがギャロップで走っている時の首の動きを示したものです。
前肢で地面を引っかいた時に首を持ち上げ、その反動で大きく後肢を前方に振り上げて勢いよく地面を蹴り、その推進力で前に跳ぶと同時に首を伸ばして前肢を前方に投げ出す、という一連の動作になっています。
このように、前後肢の動きと首の動きが連動して走っているのです。
この首の動きは、首の骨をその周囲にある筋肉が動かすことで生まれています。
ここまでの話から、走能力に首の筋肉が重要であることはすぐに理解できると思いますが、実は、走能力において筋肉や骨と同じくらい重要な役割を果たしているのが、首の靭帯(じんたい)です。

靭帯とは、例えるなら硬いゴムのようなもので、引っ張ると元に戻ろうとする性質――弾性(だんせい)――を持った体の部位です。
スポーツ選手が試合中に靭帯を断裂した、というような話がありますが、まさにその靭帯のことです。関節の周囲で靭帯が骨と骨をつないでいる場合が多く、関節に大きな力がかかったときに靭帯が傷つくことがあります。
馬の首の靭帯――「項靭帯(こうじんたい)」と言います――は、上の図のとおり頸椎と頭蓋骨をつないでいる靭帯で、首の後ろでは背中の靭帯ともつながっています。
この背中の靭帯――「棘上靭帯(きょくじょうじんたい)」と言います――は胸から腰にかけての背骨をつないでいる靭帯です。
何度も述べているとおり、馬が走る時に背骨は固定されてほとんど動きません。したがって、背中の靭帯も走っている時に動くことはありませんので、首の靭帯は背中の靭帯によって背骨に固定されている状態です。例えるなら、硬いゴムひも(首の靭帯)が木(背骨)にしっかりと結び付けられているイメージです。

筋肉と骨の働きによって馬の首が持ち上がったり、前に伸びたりすることを先ほど述べましたが、実は、この首の動きに靭帯も関与しています。
上の図で示したとおり、首が前に伸びるとその力で首の靭帯もビヨーンっと伸びます。これはいわば、木に結びつけられたゴムひもがビヨーンっと伸びている状態――ゴムひもにテンションがかかっている状態――に似ています。
想像してもらえば分かると思いますが、ダルダルに緩んだ状態のゴムひもを持っている人は木とつながっている感覚を持てませんが、ゴムひもを強く伸ばせば伸ばすほど、それを持っている人は木と引っ張り合っている感覚が強くなります。
これと同じで、馬の首の靭帯が伸びると、首から前と首から後ろが引っ張り合って、体の前後が1つにつながった状態になるのです。これにより、馬は体全身を使って効率よく走ることができます。
逆に、首が持ち上がると伸びていた首の靭帯は縮んで元に戻ります。つまり、伸びていたゴムひものテンションが緩んで縮むわけです。
しかし、ただひもが緩むだけでしょうか?
ゴムには自分で元に戻ろうとする弾性力があります。ゴムひもが縮む時には、それを持っている人を木の方向に引っ張るような力が働くのです。
ですから、首の靭帯が縮む時にも、首と頭をグイっと体の方向に引き寄せる力が働きます。ですから、馬は首の筋肉に大きな力をかけなくても、靭帯の弾性力のおかげで首を持ち上げることができるのです。
靭帯の弾性力は、さらに前肢と後肢の動きにも大きな力を与えます。
靭帯によって首が持ち上がるように、前肢も靭帯によって高く持ち上げることができるのです。もちろん筋肉の働きもありますが、靭帯の弾性力と合わさることでさらに高く持ち上がり、これによって前肢が地面を引っかくスピードを上げることができます。
また、首の靭帯の弾性力は背中の靭帯にも伝わって、体がしなるようにして骨盤が下に沈み、これにより後肢がより大きく前に出るようになって、後肢が地面を蹴るスピードも上がるのです。
ここまで来ると、もはや「首の靭帯が体全体を動かしている」といっても過言ではないかもしれません。
なぜチーターのように背骨を曲げることなく馬は速く走ることができるのか、という理由の1つに首の靭帯を利用することがあったのですね。
もう1つ、馬が背骨を曲げずに速く走ることができる理由があるのですが、それについては次回以降に前肢と後肢の骨格について解説する中で紐解いていくことにします。
参考書籍
「アニマルサイエンス① ウマの動物学[第2版]」(近藤誠司著、東京大学出版会)
「改著 家畜比較解剖図説 上巻」(加藤嘉太郎ほか著、養賢堂)
「競走馬の科学 速い馬とはこういう馬だ」(JRA競走馬総合研究所著、講談社)
「サラブレッドの生物学 競走馬の速さの秘密」(『生物の科学 遺伝』編集部編、NTS)
「やさしい中学理科 電子版」(小野田淳人著、学研プラス)