
理科の第2回は、物理。
今回は、「馬の走る速度と体にかかる力の関係」について、中学生でも理解できるよう分かりやすく解説していきます。
サラブレッドの走る速度

馬にも色々な種類がありますが、競馬のレースで走る馬と言えば「サラブレッド」という品種の馬です。
サラブレッドは競馬のレースで速く走るためだけに長い時間をかけて品種改良されてきた、いわば「世界最速の馬」と言えます。
そんなサラブレッドがどんなスピードで走るのかというと、ざっと時速約60kmでレースを駆け抜けることになります。
実際のレースでは一定のスピードで走るわけではないので、スタートダッシュなどでトップスピードに乗った場合と、スローペースの長距離レースで道中を軽く流している場合ではかなりスピードに差があります。
前者であれば時速70kmくらい、後者であれば時速50kmくらいで走るのですが、レースを通して平均すると時速60kmくらいになるわけです。
時速60kmだと1分で1km走る計算になりますから、距離が1000m(1km)のレースなら走破タイムはちょうど1分くらい、2000m(2km)なら2分くらい、3000m(3km)なら3分くらいが目安になります。
ちなみに、地上最速のスピードを誇る動物と言えばチーターですが、チーターの最高速度は時速100kmを超えると言われています。
ところがチーターがこのスピードで走ることができる距離は、せいぜい数百m程度と言われています。
一方、サラブレッドは時速60kmを4000mは維持できますから、馬というのはスピードとスタミナの両方を飛び抜けたレベルで兼ね備えた動物と言えます。
なぜサラブレッドの走能力がこれほどまでに高いのかについては、また別の機会に詳しく解説します。
静止している馬の体にかかる力

そんなサラブレッドの走る仕組みを、今回は物理学的な視点で紐解いていきます。
サラブレッドは馬であり生物ですが、1つの”物体”として見れば、ボールや車と同じようにその動きは物理学によって説明できます。
さて、当然ですがサラブレッドは常に走っているわけではなく、ピタッと止まっている時間があって、そこから走り出して、再びピタッと止まる、という動きのサイクルを繰り返しています。
ですので、サラブレッドの走る仕組みを考える時には、馬が静止している状態も理解しておく必要があります。
物体の状態を理解するためには、その物体のどこに、どの向きへ、どんな力がかかっているのかを考えます。
上の図は、静止時の馬の体にかかる力の大きさと向きを示しています。
「止まっている馬には力がかかっていない」と思いがちですが、どんな状態のどんな物体にもかかる力、すなわち重力(W)が馬の体にもかかっています。
実際は馬の体全体に重力がかかっていますが、上の図では騎手の真下にある馬の重心から真下(地球の中心)に向かって、力の向きと大きさを示す矢印が伸びています。
もし重力しか力がかかっていないのであれば、馬と騎手はそのまま地球の中心まで引きずり込まれるでしょう。
馬と騎手が静止できている理由は、上の図で示しているとおり、重力と同じ大きさの力が重力と逆向きに馬の足にかかっているからです。この力を垂直抗力(すいちょくこうりょく、N)と言います。
馬にかかる2つの力、重力Wと垂直抗力Nがつり合っている状態が、馬が静止している状態なのです。
この力のつり合いが崩れると、馬の体が動き出します。
つまり静止状態の馬が走り出す時には、このつり合いを崩すような力の変化が馬の体に起こっていることになります。
加速している馬の体にかかる力

静止時の馬の速度は0(ゼロ)ですから、その馬が走り出すと速度が増えます(例えば時速10kmなど)。これを加速するといいますね。
また、時速60kmでレースを走っていた馬が、勝負所で時速65kmまでスピードアップする場合も、速度が増えていますので加速していることになります。
さらに、加速するのにどのくらいの時間がかかったか(例えば時速60kmから時速65kmまで加速するのに5秒かかった)を、加速度(a)で表します。
このような加速時の馬にどのような力がかかっているのかを示したのが、上の図です。
もちろん、加速している馬にも先ほど説明した重力がかかっていますし、足が地面についている間は垂直抗力もかかっています。
しかし、走っている馬には止まっている馬とは比べ物にならないくらい複雑な力がかかっていて、1枚の図で簡単に説明することはできません。
したがって、上の図はその複雑な力を足し合わせた合力(ごうりょく)として示したものになります。ですので、実際にはもっとたくさんの力が、色々な方向に加わっているものと思ってご覧ください。
上の図で示した馬にかかる力は、非常にシンプルです。
すなわち、馬が前に進むための力である推進力(F)、そして、前に進もうとする馬に対して逆向き(後向き)にかかる力である制動力(f)です。
推進力も、制動力も、先ほど説明したとおり馬にかかる複雑な力を足し合わせた結果(合力)であって、単に1つの力が前と後にそれぞれかかっているわけではありません。
例えば、推進力を構成する力には、馬の後肢(後ろ足)が地面を蹴る力もあれば、コースが下り勾配であれば重力によって前に引っ張られる力もあるわけです。
また、制動力を構成する力には、馬の蹄(ひづめ)にかかる摩擦力もあれば、風を受けて後ろに引っ張られる空気抵抗もあります。
馬の体にかかる様々な力については、また別の機会に詳しく解説します。
では、加速時の馬の体にかかる推進力と制動力の関係性がどうなっているのかというと、制動力fよりも推進力Fが上回っている(F>f)状態だと言えます。
つまり、静止している馬が走り出す時も、走っている馬がスピードアップする時も、必ず推進力が制動力を上回るように馬に対して力が働いているということです。
例えば、ずっと同じ推進力で走っていた馬が平坦なコースから下り勾配のコースに入ると、何もしない限り推進力が上がってどんどん速度が増えて(加速して)いきます。速度を一定に保ちたいのであれば、下り勾配に入った時点で推進力が増える分と同じだけの制動力を馬に加えないといけません。
京都競馬場の3コーナー~4コーナーの下り坂で騎手が馬を後ろに引っ張るような仕草が見られるのは、加速しようとする馬に制動力(ブレーキ)をかけているのですね。
もし、静止している馬の推進力と制動力が同じだった場合、つまり2つの力がつり合っていた場合にどうなるかというと、馬は止まったまま動きません。速度がゼロのままなので、加速度もゼロです。
このことを「慣性(かんせい)の法則」といいます。
推進力が制動力を上回るような力が馬に働いて、初めて馬は走り出す(前に進む)わけです。
実は、静止している馬をゲートから出すこと(スタート)が、レースの中で一番大きな推進力を必要とする場面だったりします。
自転車に乗っている状況を想像してみてください。
上り坂を登る時を除けば、止まっている状態から自転車をこぎ出す時に一番強い力をペダルにかけていることを思い出せるでしょう。
一方、いったん自転車が動きだすと、こぎ出す時と比べればそんなに強い力をペダルにかける必要はなくなります。
馬の場合も同じで、走り出す瞬間が一番力が必要で、いったん走り出すとそこまで大きな力は必要なくなるのです。
なぜこのようなことが起こるかというと、1つは静止している状態から前に進む時にかかる制動力(主に摩擦力)が大きいことと、もう1つは先ほどの慣性の法則があるからです。後者については、次で解説します。
ちなみに、スタート時の加速度は、推進力から制動力を差し引いた力の大きさに比例するので、推進力(馬の後肢が地面を蹴る力)が大きければ大きいほど、また、制動力(馬と騎手の重さ)が小さければ小さいほどスタートダッシュで前に出ることができます。
等速で巡行している馬の体にかかる力

スタートして加速しながらしばらく走ると、大抵のレースではペースが一定の速度で落ち着きます。いわゆる巡行(じゅんこう)の状態です。
勝負所で再び加速が必要になりますが、それまでの間はスタミナを温存するために無駄な加速や減速を控えないといけません。
レース中盤に等速(一定の速度)で巡行している馬の体にはどんな力がかかるのかというと、上の図で示したように推進力Fと制動力fが全く同じ力でつり合っている(F=f)状態になっています。
「え?それって、馬が止まっちゃうんじゃないの?」と思った方もいるかもしれませんが、それはあくまで馬が静止している状態の場合です。
このカラクリは、先にも述べた「慣性の法則」が関係しています。
慣性の法則というのは、ある物体に働く力がつり合っている状態の時に、
①静止している物体は静止し続ける
②運動している物体は等速直線運動を続ける
という物理法則のことです。
このうち、①については先ほど説明しました。
等速で巡行している馬に関しては、②の方が関係します。
すなわち、いったん走り出した馬(運動している物体)が等速で巡行し続けるには、馬に働く力がつり合っている状態でなければならないのです。
加速時には推進力が制動力を上回っていましたが、徐々に推進力が下がって(または制動力が上がって)くると加速度は小さくなっていき、推進力と制動力がつり合う頃には加速度がゼロになって、その時点の速度が維持されたまま等速で馬が走り続けることになります。
自転車がいったん動き出すと前に進むのに大きな力がいらなくなる理由は、推進力が下がっても慣性の法則によって等速で動き続けることができるからなのです。
減速している馬の体にかかる力

最後に、走っている馬が止まろうとする時、あるいは、走るペースを落とすためにスピードダウンする時にどのような力が馬にかかるのか見ていきます。
この場合、時間が経過するたびに速度がどんどん遅くなる(減速する)わけですから、進んでいる方向から見ると加速度はマイナスの値になります。さらに速度が遅くなると、最終的には速度も加速度も0になって馬は止まってしまいます。
この時に馬の体にかかっている力もやはり推進力Fと制動力fで、減速している間は制動力fが推進力Fを上回っている(F<f)状態になります。
また自転車で例えると、赤信号で止まる時や下り坂でブレーキをかける時には、慣性の法則や重力によって前に進もうとさせる力(推進力)よりも強い制動力を発揮することで、減速したり止まったりできるわけです。急な下り坂では推進力が大きくなるので、片手ブレーキではなく両手ブレーキでより大きな制動力をかけないと速度を落とすことができません。
馬の場合も同様で、推進力よりも強い制動力をかけないと減速できません。
しかし、いわゆる「かかった」状態になると制動力(ブレーキ)が効かなくなって騎手の意思とは関係なく加速し続けることになってしまいます。
馬にかけられる制動力には限界がありますので、減速するためには制動力を大きくすることよりも推進力を弱めること、具体的には馬の走る気持ちを静めることが効果的です。
自転車をこぐのは自転車に乗っている本人ですが、競馬で走るのは騎手ではなく馬です。馬の「前に進もう」という気持ちが強ければ強いほど推進力が大きくなり、逆に馬が「止まろう」とか「走るのをやめよう」という気持ちになれば推進力は小さくなります。
騎手は馬に対して「加速しろ」とか「減速しろ」という指示を出しますが、その指示に従順に応えることができる馬は、”走る気持ち”を指示に合わせて自在にコントロールできる馬だと言えます。
いかに騎手の判断や指示が的確だったとしても、その指示に従えない馬(かかった馬など)は加速や減速がチグハグになって、スタミナを無駄に消費することになるのです。そして、そんな状態の馬に乗る騎手にとってはレースどころの話ではなく、いつ落馬してもおかしくない危険な状況に陥ってしまいます。
騎手がどのようにして馬をコントロールしているのかについては、また別の機会に詳しく解説します。
参考書籍
「アニマルサイエンス① ウマの動物学[第2版]」(近藤誠司著、東京大学出版会)
「競走馬の科学 速い馬とはこういう馬だ」(JRA競走馬総合研究所著、講談社)
「サラブレッドの生物学 競走馬の速さの秘密」(『生物の科学 遺伝』編集部編、NTS)
「やさしい高校物理(物理基礎) 改訂版 電子版」(堀輝一郎著、学研プラス)
「やさしい中学理科 電子版」(小野田淳人著、学研プラス)