
理科の第1回は、生物。
今回は、「馬とはどんな動物か」について、中学生でも理解できるよう分かりやすく解説していきます。
馬は草食動物

「馬とはどんな動物か?」と聞かれたときに、様々な立場や見地から色々な答えが出てくると思いますが、「競馬の本質」という点から考えると1つの根本的な答えに行きつきます。
それは、「馬は草食動物である」ということです。
「なぜ草食動物であることが競馬の本質なのか?」という疑問については順を追って説明していきますが、そもそも草食動物とは何かについて、あらためて説明します。
「草食動物」や「肉食動物」という用語については、中学校の理科の教科書に出てきます。どういう文脈で出てくるかというと、1つは「動物の分類」という内容の中で、哺乳類の動物は草食動物と肉食動物に分けられるという話。
哺乳類とは、胎生(たいせい)、すなわち母親の体内である程度育ってから子が生まれる動物で、名前のとおり生まれた子は母親から乳をもらって育てられます。我々人間も哺乳類ですし、馬も哺乳類です。
草食動物と肉食動物を分ける大きな違いは、もちろん「草を食べる動物」か「肉を食べる動物か」という点です。
草食動物は草を食べるための体の特徴を持っていますし、肉食動物は肉を食べるための体の特徴を持っています。ですから、その特徴を持っているかどうかが草食動物と肉食動物を見分ける1つの指標になります。
馬などの草食動物は草を食べるために都合のよい歯の形をしていますし、草を消化するために都合のよい消化器官(胃や腸)を持っています。人間にはその特徴がないので、(野菜も食べますが)人間は肉食動物だといえるでしょう。
草食動物は肉食動物の危険から逃れようとする動物

そして、もう1つ中学校の理科で習う草食動物と肉食動物の関係性があります。それは、「食物連鎖」と「生態系ピラミッド」です。
実は、ここに「競馬の本質」が隠されています。
食物連鎖とは、わかりやすくいうと自然界での生物同士の「食べる・食べられる」の関係性を表した言葉です。上の図でいうとb(右)のイラストが食物連鎖のイメージになります。
食物連鎖では、肉食動物が草食動物を食べ、草食動物が植物を食べ、植物が動物や他の植物の死骸を栄養分にして、それぞれが生き残っていくという鎖でつながれたような(または網の目のような)関係性がつくられているのです。
生態系ピラミッドは、イメージでいうと上の図のa(左)のイラストになります。
簡単にいうと、自然界では肉食動物が生態系ピラミッドの頂点に君臨し、その下に草食動物がいて、底辺に植物がいるという立場の強弱を表しているのと同時に、生物の数としては頂点の肉食動物が最も少なくて、底辺の植物が最も多いということを表しています。
つまり、馬をはじめとする草食動物は、どこの世界に行っても肉食動物より弱い立場にあって、常に肉食動物に食べられる危険から逃れようとして生きている動物なのです。
この科学的な事実こそが、競馬の本質を理解する上で最も重要なことであり、このことを意識して競馬を見ると、すべてがつながって見えるようになります。
そして忘れてはならない事実は、我々人間も馬から見れば肉食動物そのものだ、ということです。
馬が危険から逃れるために備えた特徴

以上を踏まえれば、競走馬に人間がまたがってレースをするということが、いかに奇跡的で難しいことなのか理解できると思います。
いかにして人間が馬を乗りこなすようになったのかについては、また別の機会に解説したいと思います。
いずれにしても、競馬の本質を理解するためには、馬は基本的に人間(肉食動物)を怖がっている動物であることをまず念頭におかなければなりません。
そして、そんなビクビクしている馬が人間を乗せてレースを走るわけですから、騎手や調教師が馬のどのような特性を引き出すべきで、逆にどのような特性を抑制すべきかについて知ることも重要になります。
そこでまず押さえておくべきことは、馬が肉食動物の危険から逃れるために生まれ持って備えている特徴についてです。
その特徴には、主に以下の3点があります。
- 馬が肉食動物の危険から逃れるために生まれ持って備えている特徴
- 1. 群れること
2. 危険をいち早く察知するために感覚器官を鋭敏化させること
3. 走能力を高めること
1については、馬同士が集まって群れをつくることで、集団戦術により肉食動物の攻撃から自分たちを守ろうとする特徴です。集団で威嚇して追い払うことができれば一番良いわけですが、それでも襲ってきた時には集団で戦うことになります。
集団戦術が効かない相手には、3の特徴が効いてきます。
そうです。一目散に走って逃げるのです。
なぜ馬は速く、そして長い距離を走ることができるのか?
それはもちろん、追いかけてくる肉食動物から逃げ切るためです。
1と3の特徴については別の機会に詳しく解説するとして、今回は2の特徴について解説します。
馬の優れた視覚

馬がどんなに大きな群れをつくっても、どんなに速く走ることができても、敵(肉食動物)の発見が遅ければこれらの動物の餌食になってしまいます。
そこで、馬は動物の中で最も優れた感覚器官を持っているとされています。
感覚器官とは、眼や耳、鼻など外界からの刺激(光、音、匂いなど)を受け取って脳にその刺激を伝える体の部位をいいます。
感覚器官が優れていれば、それだけ敏感に外界の変化を感じ取ることができますので、結果として危険を察知する能力も高まるわけです。
馬にとって特に重要な感覚器官は眼(視覚)でしょう。
実は、馬は陸上の動物の中で最も大きな眼球を持っています。このことからも、馬が外界の変化情報の多くを視覚に頼っていることがわかります。
馬の視覚に関して特筆すべき特徴の1つは、視野の広さです。
上の図で示しているように、馬の死角(見えない範囲)はちょうど真後ろのわずか10度の範囲しかなく、それ以外の350度の範囲が馬の眼には見えているのです。
ですから、騎手が後ろを振り返らないと見えないような範囲も、馬は前を向いた状態で見えているわけです。
馬がきれいな隊列を組んでレースを走ることができるのは、このような視野の広さのおかげなのですね。

なぜこれほどまでの視野の広さがあるのかというと、最大の要因は眼の位置です。上の図でもわかるとおり、馬の眼はほぼ顔の真横についています。いわゆる「離れ目」なのですね。
肉食動物、例えば犬の眼の位置(上図)と比較してみると、眼の離れ具合は明らかです。
単純な視野の広さという点では、両眼の位置が離れている方が有利なのですが、一方で「離れ目」にも欠点があります。
それは、両眼の焦点が合いにくいということです。
確かに馬の視野は広いのですが、あくまで見える範囲が広いというだけであって、眼で見える物の形や距離を正確に読み取れるかというと、必ずしもそうではありません。
馬の両眼の視野は真正面の60度から70度くらいの範囲で、これは動物の中でもかなり狭いほうです。
つまり、真正面にある狭い範囲の物しか、馬は正確な形や距離がわからないのです。
逆に、犬などの肉食動物は絶対的な視野は狭いのですが、両眼の視野が広く焦点がビシッと決まるので、獲物を捕まえる時にターゲットまでの距離を正確に測ることができます。
イメージがつかなければ、両眼で物を見た時と片目をつぶって見た時の違いをご自身で確かめてみてください。馬の視野が広いといっても、馬の眼で見えている範囲のほとんどは片目をつぶったような状態で見えているのです。
馬の優れた聴覚

馬は両眼の視野を犠牲にしてでも、とにかく早く危険を察知するために視野を広げたわけです。
しかし、危険を正確に察知するためには、ただ広い範囲で物が見えるだけでは不十分です。
そこで、眼と同じくらい良く発達した馬の感覚器官が、耳(聴覚)です。
実は、敵の位置を正確に把握するために役立っているのが馬の優れた聴覚なのです。
上の図のとおり、馬の耳は普段は前を向いていますが、後ろにも180度回転することができます。これにより、頭や体を動かすことなくほぼ360度全方位から聞こえる音を耳で拾うことができ、さらに、音源の距離や位置をある程度正確に特定することができます。
視野の広さだけでは足りないところを、優れた聴覚によってうまく補っているのですね。
「馬の耳に念仏」ということわざがありますが、決して馬の耳が悪いという意味ではないわけです。
ここまで馬の視覚と聴覚の優れた点について解説してきましたが、忘れてはならないのは、この特徴はあくまで馬が肉食動物の危険から逃れるためのものであって、競馬で速く走るためのものではない、ということです。
むしろ、優れた視覚や聴覚が競馬で走る際の邪魔になるケースも多いと考えられます。
このあたりの競馬との関連性については、また別の機会に詳しく解説します。
参考書籍
「アニマルサイエンス① ウマの動物学[第2版]」(近藤誠司著、東京大学出版会)
「馬臨床学 第2版」(三角一浩ほか編、緑書房)
「サラブレッドの生物学 競走馬の速さの秘密」(『生物の科学 遺伝』編集部編、NTS)
「やさしい中学理科 電子版」(小野田淳人著、学研プラス)