【レース展望】安田記念2024に参戦する香港馬2頭を研究したら予想外にロマンチックだった

【レース展望】安田記念2024に参戦する香港馬2頭を研究したら予想外にロマンチックだった

今週末に開催されるGⅠ安田記念ですが、注目は香港の「スターホース」ロマンチックウォリアーの参戦でしょう。ファンの皆さんは「果たして日本馬と戦ってどちらが強いのか?」と頭を悩ませる日々が続いていると思います。もちろん、もう1頭の香港馬ヴォイッジバブルもGⅠホースですから侮れません。

筆者自身も香港馬2頭の存在は知っていましたが、あらためて安田記念に出走するということで、香港競馬の背景と合わせて2頭について詳しく調べてみたところ、若者風に言うと、予想外に「エモく」」なってしまいました。そう、なんだか馬券云々関係なく、この2頭が日本に来てくれたことに感動し、純粋にレースが楽しみになったのです

今回は、香港馬2頭のプロフィールと、思いがけずロマンチックだった2頭の物語を中心に香港馬の展望をお伝えします。

香港の競馬ってどんな特徴があるの?

ロマンチックウォリアーとヴォイッジバブルについて解説する前に、そもそも香港の競馬や競走馬ってどんな特徴があるのかご存じですか?かく言う筆者も、正直にいってこれまでよく調べもせずに、あーだ、こーだと言ってきたところがありましたので、この機会に基本的なことも含めて調べてみました。

すると、「へー、そうだったんだ。」と初めて知ることがたくさんあったのです。

香港の地理と気候

皆さん、香港の場所って正しく理解できていますか?

あらためて聞かれると自信がないという方も多いと思いますので、この機会に地図で見て確認してください。

香港の地図上の位置(Google Mapsより)

どうですか?思ったより地図の下(南)のほうにある印象を受けませんか?

そうです。香港は中国のほぼ最南の位置、どちらかというと東南アジアに近い位置にあるのです。

あとは言うまでもありませんが、香港がどのような気候かといえば、高温多湿の亜熱帯気候ということになります。夏(5月後半~9月中旬)の平均気温27~29°C、冬(12~2月)は平均気温16~18°Cと、ほとんど沖縄と同じような暑さです。

馬にとって暑さというのは一番苦手なものの1つ。果たして、香港の馬たちはどのようにして暑さを耐えているのでしょうか?

そして、香港という地区(現在は中国の「特別行政区」という扱い)がどのくらいの大きさか知っていますか

なんと、約1,100平方キロメートル、北海道の札幌市と同じくらいの大きさしかありません。そこに、700万人という人口が暮らしている人口密集地帯なのです。

香港の地図(Google Mapsより)

香港は、中国本土の半島部分、ランタオ島、香港島その他の大小多数の島を含んでいて、人口のほとんどは中国本土側の九龍半島と呼ばれる部分と香港島の北部に集中しているようです。

香港にはシャティン競馬場とハッピーバレー競馬場の2つの競馬場が存在

こんなに小さくて人口が密集した香港に競馬場があるのですから、どれほど香港の人たちにとって競馬という存在が身近で大事なものなのかということが想像できます

しかも、香港には2つの競馬場があって、週3回は競馬レースが行われているそうです。

香港の競馬場の1つは、香港島北部にあるハッピーバレー競馬場。なんと設立は1847年!イギリス植民地時代に香港で競馬が開催されるようになった当初から存在している、小さな、しかし、由緒ある競馬場です。

そしてもう1つが、ファンの皆さんにお馴染みのシャティン競馬場。中国本土側のシャティン(沙田)という地区にある競馬場で、1978年設立という比較的新しい競馬場です。芝コースとオールウェザーの2コースがあり、芝コースは1週1899m、直線430mというなかなか広大な造りとなっています。我々がよく知っている重賞レースのほとんどがこのシャティン競馬場で開催されています

シャティン競馬場の地図上の位置(Google Mapsより)

香港にはサラブレッドの生産牧場がない

2023年3月1日時点の香港ジョッキークラブ(HKJC、香港競馬の主催者)における競走登録馬数は1,235頭。内訳は牡馬31頭、牝馬4頭、セン馬(去勢した牡馬)1,199頭、潜在精巣(陰睾)1頭で、競走登録馬のうち97.1%が「セン馬」となっています。

「日本に来る香港馬はセン馬ばかりなのは、なぜだろう?」と疑問に思っていたファンの方も多いと思いますが、理由はこれです。香港には、ほぼセン馬しかいなかったのです。

なぜセン馬しかいないのかという理由については、香港競馬の特殊な事情によるものです。すなわち、香港にはサラブレッドの生産牧場がなく、競走馬の全てを海外から輸入しているからです。そりゃそうですよね。あんなに小さくて人口が密集した地域に、馬を何百頭も生産する牧場を作ること自体が困難なのは明白です。

香港には、競走馬を引退しても種牡馬や繁殖牝馬として引き取ることができる生産牧場がないので、必然的に牝馬でも、牡馬でもなく、セン馬を競走馬として走らせているわけです。なぜ去勢してセン馬にするかといえば、いろいろ理由があるようですが、端的には気性が良くなった上で、牡馬よりも競走馬としての寿命が延びるから(高齢になっても活躍できるから)ということのようです。

では引退した馬はどうなるかというと、馬主が自ら海外の引き取り先(養老牧場など)に馬を移動させるか、HKJCに処遇をまかせるかの2択になるようです。HKJCで引き取った馬の中にはリトレーニングを受けて乗用馬や誘導馬になるものもいれば、行方がわからない馬(安楽死?)もいるということです。

サラブレッドをオセアニア、欧州、米国から輸入

というわけで、香港の競走馬はほぼ100%が「外国産馬かつセン馬」ということになります。

では、どこからサラブレッドを輸入するのか?

それは、おおまかに言うとほとんどがオーストラリアやニュージーランドなどのオセアニアからで、それ以外ではアイルランド、アメリカなどからも輸入されています。現在の4歳馬の産地をざっと見た感じだと、7~8割はオーストラリア、残りをニュージーランド、アイルランド、アメリカで分け合っている印象です。

ちなみに、近年は日本のセレクトセールにも香港の馬主たちが目を向けられているそうですよ。

なぜ、オセアニア産の馬がたくさん香港に輸入されて走っているのか?おそらく、①地理的に近いため輸送がしやすいこと②イギリスの旧植民地同士で歴史的なつながりが深いこと③気候や競馬場の芝の種類が近いので血統的に親和性が高いことなどが考えられます。

人材も海外から輸入

馬も輸入に頼っていれば、人も輸入に頼っているのが香港競馬のもう1つの特徴のようです。

わかりやすい例で言えば、皆さまもよくお世話になっているであろう、ジョアン・モレイラ騎手

ジョアン・モレイラ騎手(出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Joao_Moreira_2017.jpg?uselang=ja)

モレイラ騎手はブラジル出身で、ブラジル国内やシンガポールなどで活躍したのち、2013年に香港へ移籍。すると3年連続で香港のリーディングジョッキーになったほか、4歳クラシック(後述)3冠制覇、1開催日最多勝、多数のGⅠ制覇などの輝かしい成績を収めました。

モレイラ騎手以外にも、香港で長年トップジョッキーを務めていたダグラス・ホワイト氏(2019年引退、現調教師)は南アフリカ出身ですし、何を隠そう、今回の安田記念でヴォイッジバブルに騎乗するザカリ―・パートン騎手(2024香港リーディング1位)もオーストラリア出身です。また、短期免許でオーストラリアの騎手が活躍することも多く、オーストラリアの名手ヒュー・ボウマン騎手を筆頭に、今回の安田記念でロマンチックウォリアーに騎乗するジェームズ・マクドナルド騎手(ニュージーランド出身)もその1人です。

そして調教師の世界でも、海外から外国人調教師を受け入れて調教技術の向上につながっているようです。インディジュナス(98’ジャパンカップ2着)やフェアリーキングプローン(00’安田記念1着)を育てたアイヴァン・アラン氏(2009年死去)はシンガポール出身です。また、4度の香港リーディングを獲得しているキャスパー・ファウンズ現調教師はインド出身(父もイギリス生まれの元調教師)で、米国で調教技術を学んだとのこと。さらに、香港で計11回のリーディングに輝いているジョン・サイズ現調教師はオーストラリア出身で、オーストラリアのトップ調教師に学んだサイズ調教師はこれまでとは全く異なる調教法(プールなどによる軽めの調教)を香港にもたらしたそうです。

香港競馬の花形レースは芝1,600mと芝2,000m

少し遠回りしたように見えますが、ようやく香港競馬のレースについて触れることになります。しかし、遠回りに見えて、これまで書いてきた情報というのはこの後の話につながっていきますので、覚えておいていただきたいです。

先に結論をいうと、香港競馬の花形レース、つまり、香港競馬界が一番力を入れていて、かつ、ファンも盛り上がるレースというのは芝1,600mのレースと芝2,000mのレースだと言えます

それがなぜかというのは、以下の事実があったからです。

  • 香港の重賞レースは芝1,200m、芝1,600m芝2,000mを中心に整備されている。
  • 香港の国際競走(GⅠ)も芝1,200m、芝1,600m芝2,000mを中心に開催されている。
  • 香港の2つの国際レースデー、4月の香港チャンピオンズデーと12月の香港国際競走の大トリ(最終レース)はいずれも芝2,000mのGⅠレースである。
  • 香港のレースで最も優勝賞金が高いレースは芝2,000mのGⅠ香港カップ、2番目に高いレースは芝1,600mのGⅠ香港マイルである。
  • 香港の4歳クラシック3冠は芝1,600m、芝1,800m、芝2,000mで構成されている。

確かに、香港では芝1,200mのスプリントレースも伝統的に人気は高いですし、名馬と言われる馬の中には素晴らしいスプリンターもいました(サイレントウィットネスセイクリッドキングダムなど)。

しかし、今年2024年の香港カップの優勝賞金が4,000万香港ドル(約8億円)、香港マイルの優勝賞金が3,600万香港ドル(約7億2,000万円)と世界でもトップクラスの金額にまで高騰している状況を踏まえると、香港競馬界はこれらのレースの存在と、「もはやこのカテゴリー(芝1,600mと芝2,000m)ではどの国にも負けない」ということを全世界に知らしめたいのだと思います。

そう、アメリカの競馬の祭典「ブリーダーズカップ」のクライマックスレースが「クラシック」(ダート2,000m)であるように、香港競馬にとっての「クラシック」とは、「香港国際競走」のクライマックスレースである香港カップ、すなわち芝2,000mなのです

ちなみに、香港で行われるクラシックレースの中で「香港ダービー」(国際格付け上はリステッド競走)というレースがありますが、このレースも芝2,000mで行われています。

2023年香港カップ(出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:HKIR_20231210_Sha_Tin_Racecourse_Hong_Kong_Cup.jpg?uselang=ja)

香港最強馬 ロマンチックウォリアー

ロマンチックウォリアー(出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:20230430_QEII_Cup_G1_Romantic_Warrior_B.png?uselang=ja)

それでは、以上の香港競馬の特徴を理解した上で今回の安田記念に出走する2頭の香港馬を見ていきます。

まずは、なんといっても世界中が注目するスターホース、ロマンチックウォリアーです。

ロマンチックウォリアーのプロフィール
 Acclamation
 Folk Melody(母父 Street Cry)
馬主 Peter Lau Pak Fai
生産者 Corduff Stud & T J Rooney
調教師 チャップシン・シャム(香港)
通算成績 19戦14勝(24’GⅠクイーンエリザベス2世カップ、23’GⅠコックスプレートなどGⅠ7勝)

ロマンチックウォリアーはアイルランド産馬

ロマンチックウォリアーは2018年3月にアイルランドで生まれ、2019年に約4,400万円でHKJCに購入されました。そして、2021年にHKJC主催のセールで現在の馬主に約6,400万円で落札されています。

父Acclamation(アクラメーション)の産駒は欧州の短距離~マイル戦で活躍する馬が多く、Acclamationの直仔であるDark Angel(ダークエンジェル)は今年の高松宮記念を勝ったマッドクールの父です。

母は現役時代にこれといった活躍はしていませんが、父Street Cry(その父Machiavellian)、母父シングスピール、母母父Hallingといった欧州を代表する血統の持ち主。そして祖母Folk Operaは現役時代に米国GⅠのE.P.テイラーステークス(芝2,000m)を勝っており、母系からは中長距離の活躍馬が出ています。

お父さん(Acclamation)だけ見るとロマンチックウォリアーは短距離馬にも見えてしまいますが、血統全体で見ると、欧州産馬らしい底力とスタミナも兼ね備えている馬だと言えるでしょう。

同世代のカリフォルニアスパングルとのライバル関係

ロマンチックウォリアーには、常に手ごわいライバルたちが目の前に立ちはだかり、そしてこれらを乗り越えて強くなってきた、というこれまでの歩みがあります。

そのライバルの1頭が、同世代のスピードスター、カリフォルニアスパングルです。

カリフォルニアスパングル(出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:HKIR_20221211_California_Spangle.jpg?uselang=ja)

カリフォルニアスパングルもロマンチックウォリアーと同じように2018年にアイルランドで生まれ、香港でデビューしました。

ロマンチックウォリアーとカリフォルニアスパングルは、2頭ともデビューからほぼ無敗のまま勝ち進み、2022年、4歳クラシック3冠の1冠目、香港クラシックマイル(芝1,600m)で初めて対戦しました。スピードで逃げ切りを図るカリフォルニアスパングルに対して、ロマンチックウォリアーが猛然と追い込み、最後は半馬身交わしてロマンチックウォリアーが1着。おそらく、この時からお互いの存在を強く意識するようになったのではないかと想像しています。

続くクラシック2冠目の香港クラシックカップ(芝1,800m)では、カリフォルニアスパングルが見事な逃げ切り勝ちを見せ、4着に敗れたロマンチックウォリアーに雪辱を果たしました。

そして、迎えたクラシック3冠目の香港ダービー(芝2,000m)は2頭の名勝負に。直線残り100mで逃げるカリフォルニアスパングルにロマンチックウォリアーが並びかけて2頭のマッチレースになりましたが、意地と意地とのぶつかり合いを制したのはロマンチックウォリアー。これでロマンチックウォリアーはクラシック2冠を達成し、3冠レースをカリフォルニアスパングルと2頭で分け合う形になりました。

YouTube [BMW Hong Kong Derby 2022] Race Replay(HKJC)

ロマンチックウォリアーはその後、芝2,000mのクイーンエリザベス2世カップ(QE2世C)を勝ってGⅠ初制覇。そして、12月のGⅠ香港カップでは、マクドナルド騎手との初コンビで日本のジオグリフジャックドールレイパパレパンサラッサといったGⅠ馬(のちのGⅠ馬を含む)を相手に4馬身半差の圧勝。日本のファンにも強烈な印象を残して、通算10戦9勝という成績で4歳を終えます。

YouTube 2022年 香港カップ(G1) | ロマンチックウォリアー | JRA公式

一方、ライバルのカリフォルニアスパングルはというと、クラシック後はマイル路線に進み、初めてのGⅠ挑戦となった香港チャンピオンズマイルでは香港のスーパースター、ゴールデンシックスティを相手に2着と善戦します。そして迎えた12月のGⅠ香港マイル。そう、ロマンチックウォリアーが香港カップを勝った同じ日に、なんと、カリフォルニアスパングルは香港マイル2連覇中だったゴールデンシックスティを下してGⅠ初制覇を果たしたのです。もしかすると、ロマンチックウォリアーは同期のカリフォルニアスパングルの快挙を目の前で見て闘志に火が付いてあのパフォーマンスを見せたのかもしれません。

YouTube 2022年 香港マイル(G1) | カリフォルニアスパングル | JRA公式

カリフォルニアスパングルも通算14戦9勝2着5回という素晴らしい成績で4歳を終えました。

ゴールデンシックスティというあまりにも大きな壁

4歳クラシック2冠、古馬GⅠ2勝という充実した1年間を過ごして5歳になったロマンチックウォリアー。

しかし、香港トップホースを目指すロマンチックウォリアーの前にゴールデンシックスティというあまりにも大きな壁が立ちはだかります

ゴールデンシックスティ(出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:20230430_Champion_Mile_G1_Golden_Sixty.png?uselang=ja)

ゴールデンシックスティといえば、言わずとしれた香港のスーパースター。4歳時には歴代2頭目となるクラシック3冠制覇を達成し、その後は連戦戦勝。4歳時に香港マイルを制して以降、GⅠ5連勝という快挙を成し遂げます。特にマイルレース(芝1,600m)で異常な強さを見せ、GⅠ香港チャンピオンズマイルとGⅠ香港スチュワーズカップ(芝1,600m)をともに3連覇、香港マイルも4連覇は逃したものの2着を挟んで3勝しています。そのゴールデンシックスティにマイルで土をつけたのが4歳のカリフォルニアスパングルなのです

ロマンチックウォリアーは5歳初戦の2023年香港スチュワーズカップでゴールデンシックスティに挑みましたが、あえなく2着に敗れてしまいます。ゴールデンシックスティの尋常でないマイルの強さを思い知ったのか、ロマンチックウォリアーはこれを最後にマイル戦には出なくなってしまいました。そして、同じレースに出走していたカリフォルニアスパングルも3着に敗れ、同様にこれ以降マイルレースで活躍する姿は見られなくなりました。

YouTube [Stewards’ Cup 2023] Race Replay(HKJC)

そして、次走は芝2,000mのGⅠ香港ゴールドカップに出走したロマンチックウォリアーでしたが、このレースになんとゴールデンシックスティが出走してきたのです。この距離では負けられないロマンチックウォリアーでしたが、ここでもゴールデンシックスティに惜敗。ゴールデンシックスティは2,000mも強いのか・・・。

YouTube [Hong Kong Gold Cup 2023] Race Replay(HKJC)

失意のロマンチックウォリアーでしたが、次走のQE2世Cではゴールデンシックスティもカリフォルニアスパングルも不在。ここで、ロマンチックウォリアーは日本のプログノーシスに2馬身差をつけて2連覇を達成し、この距離(芝2,000m)での快進撃が始まりました

YouTube [FWD Champions Day 2023] FWD QEII Cup Race Repaly(HKJC)

ロマンチックウォリアーは2,000m、カリフォルニアスパングルは短距離に活路を見出した

その後、ロマンチックウォリアーは芝2,400mのGⅠチャンピオンズ&チャターカップで惜しくも2着に敗れましたが、夏をはさんで10月にオーストラリアへ遠征。初戦4着のあと、オーストラリアで最も権威のあるGⅠレースの1つ、コックスプレート(芝2,040m)に挑戦しました。縦長の長方形の形をしたムーニーバレー競馬場で、わずか170mしかない直線を猛然と追い込みハナ差で見事に優勝

YouTube 2023年 コックスプレート(G1) | ロマンチックウォリアー | JRA公式

そして、凱旋帰国したロマンチックウォリアーは12月の香港カップに出走。欧州GⅠ馬のルクセンブルクや日本のプログノーシスらを相手に持ち味の粘りを見せて2連覇を達成しました

YouTube 2023年 香港カップ(G1) | ロマンチックウォリアー | JRA公式

一方、カリフォルニアスパングルは5歳時の2023年に苦戦が続きます。香港チャンピオンズマイル、香港マイルとマイルGⅠに出走するも、ことごとくゴールデンシックスティに弾き返されてしまいます。特に、香港マイルではいつものようなスピード感のある逃げが見られず、直線ではズルズルと後退して13着と初めて二桁着順に惨敗してしまいました。カリフォルニアスパングルに代わって台頭したのが、香港マイル2着に入ったヴォイッジバブルでした

YouTube 2023年 香港マイル(G1) | ゴールデンシックスティ | JRA公式

しかし、そんな中でもカリフォルニアスパングルには光明がありました。それは、この年に出走したクイーンズシルバージュビリーカップという芝1,400mのGⅠで2着に逃げ粘ったことでした。この時の優勝馬ラッキースワイネスは次世代のスプリンターで、この年(2023年)のGⅠ香港スプリントを勝っています。

カリフォルニアスパングルは、このあとマイル路線を外れて短距離路線に活路を見出し、その非凡なスピード能力を開花させることになりました。

翌年(2024年)、カリフォルニアスパングルはマイルGⅠ香港スチュワーズカップで4着に敗れた後、前年に2着だったGⅠクイーンズシルバージュビリーカップ(芝1,400m)に出走。ここでラッキースワイネスを抑えて見事に2022年香港マイル以来のGⅠ制覇を果たしました。そして、続くドバイ遠征でもGⅠアルクオーツスプリント(芝1,200m)に出走して優勝。4月の香港チャンピオンズデーでGⅠチェアマンズスプリント(芝1,200m)に出走した際は惜しくも2着に敗れましたが、短距離路線ならまだまだ活躍できることを証明して見せました

香港マイル界の次世代エース ヴォイッジバブル

ヴォイッジバブル(出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:20240121_Stewards_Cup_Voyage_Bubble.jpg?uselang=ja)

昨年、突如として香港マイル界に現れた新星、それがヴォイッジバブルです。

ヴォイッジバブルのプロフィール
 Deep Field
 Raheights(母父 Rahy)
馬主 Sunshine And Moonlight Syndicate
生産者 Torryburn Stud
調教師 プーンファイ・イウ(香港)
通算成績 18戦6勝(24’GⅠ香港スチュワーズカップ)

ヴォイッジバブルはオーストラリア産馬

ヴォイッジバブルは2018年11月にオーストラリアで生まれ、2020年に約2,800万円でイウ調教師に購入されました。

父Deep Fieldは、香港ではスプリント路線で活躍する馬を出していて、2021年香港スプリントを勝ったスカイフィールドもDeep Field産駒です。その祖父のEncosta de Lago(父Farily King、産駒に2010年スプリンターズS優勝馬ウルトラファンタジー)から続くオーストラリアの短距離血統です。

母はオーストラリア生まれで、近親に愛ダービートライアル2着馬がいるほか、母系からはDistorted Humorなど米重賞活躍馬が出ています。

ヴォイッジバブルもお父さん(Deep Field)だけ見ると短距離馬に見えてしまいますが、血統全体で見ると、欧州のスタミナと米国のパワーを受け継いでいる馬だと言えるでしょう。

4歳クラシック2冠を制覇してマイル路線へ

実は、ヴォイッジバブルはロマンチックウォリアーと同じ2018年生まれ。しかし、香港競馬のルールで、南半球(オーストラリア、ニュージーランド)で生まれた馬は、生まれた年の8月1日から年齢を起算することになっているので、JRAルールの馬齢では2頭とも現在6歳ですが、香港ではヴォイッジバブルのほうが1歳年下(現在5歳)ということになります。

したがって、同じ2018年生まれながら、ヴォイッジバブルはロマンチックウォリアーよりも1つ下の世代と4歳クラシックを戦うことになりました。ここで、ヴォイッジバブルは1冠目の香港クラシックマイルと3冠目の香港ダービーを制してクラシック2冠馬となります。そうです。ここまでは、ロマンチックウォリアーと同じ道を歩んできています

そして、初めての古馬との対決となった2023年のGⅠ香港チャンピオンズマイルでいきなりゴールデンシックスティの4着に入ります。このときの3着馬はカリフォルニアスパングル。

夏を過ぎて、11月にGⅡのマイル戦に出走し、ここで初めてカリフォルニアスパングルに先着すると、続くGⅠ香港マイルでゴールデンシックスティの2着に入り、ついに香港の次世代マイラーとしてその名を世界にとどろかせました

2024年香港スチュワーズカップでGⅠ初制覇

そして、翌年、2024年の初戦はやはりマイル(芝1,600m)のGⅠ香港スチュワーズカップに出走。ここで、カリフォルニアスパングルを破ってついにGⅠ初制覇を果たしました

YouTube [Stewards’ Cup 2024] Race Replay(HKJC)

ちなみに、この時にヴォイッジバブルの手綱を取っていたのは、今回の安田記念でロマンチックウォリアーに騎乗するマクドナルド騎手。そう。マクドナルド騎手はライバル(ヴォイッジバブル)の強さを十分に分かっているのです。

ロマンチックウォリアーに勝負を挑んで惜しくも敗れる

勢いに乗るヴォイッジバブルは、「どんな距離だろうと、どんな相手だろうと勝ってやる」と言わんばかりに、次走でGⅠ香港ゴールドカップ(芝2,000m)に参戦し、この距離の最強チャンピオンであるロマンチックウォリアーに勝負を挑みました

しかし、そこはロマンチックウォリアーにも意地があります。何より、よきライバルであるカリフォルニアスパングルの仇をうつためにも、ここは負けられませんでした。ロマンチックウォリアーは渋った馬場にややてこずりながらも、持ち前の粘り強さでヴォイッジバブルとのマッチレースを制したのでした。

YouTube [Hong Kong Gold Cup 2024] Race Replay(HKJC)

安田記念2024における香港馬2頭の展望

ずばり、香港馬2頭の格を比べるとロマンチックウォリアーのほうが圧倒的に高いと言えます。そもそも戦ってきた相手やこれまで積み上げた実績が比べ物になりません。

そして、国内でも、世界からもロマンチックウォリアーのほうが高いレーティングを与えられています

馬名ロマンチックウォリアーヴォイッジバブル
性齢6歳セン馬
(香港年齢は6歳)
6歳セン馬
(香港年齢は5歳)
産地アイルランドオーストラリア
通算成績19戦14勝18戦6勝
GⅠ勝利7勝
(香港カップ2連覇、QE2世S3連覇など)
1勝
(24’香港スチュワーズカップ)
国際レーティングロンジン・ワールド・ベスト・レースホース・ランキング 6位タイロンジン・ワールド・ベスト・レースホース・ランキング 15位タイ
国内レーティング1位タイ レーティング133
※ゴールデンシックスティも1位タイ
5位 レーティング125
ロマンチックウォリアーとヴォイッジバブルの比較

何より、ロマンチックウォリアーとヴォイッジバブルは本来同い年のはずですが、アイルランドで生まれた(早生まれの)せいでロマンチックウォリアーは年上の豪州産馬たちと早くからレースを戦っていたのです(これはカリフォルニアスパングルにも言えますが)。そして、ゴールデンシックスティやカリフォルニアスパングルといったハイレベルなライバルたちと切磋琢磨することで、もともと持っていたポテンシャルをさらに引き上げることができたのだと思います。

もちろん、ヴォイッジバブルもGⅠ馬ですから持っている実力は高いはずです。レース成績だけ見れば、ヴォイッジバブルのほうがマイル適性が高いようにも見えます。

しかし、これまで本記事で解説してきた香港競馬の特徴とロマンチックウォリアーの歩みを見ていただければ、決してロマンチックウォリアーが単なる中距離馬でないことはわかっていただけるはずです

ロマンチックウォリアーは、マイルで戦える能力を持ちながら、ゴールデンシックスティという世界最高のマイラーと同じ時代を戦わなければならない運命を背負って、紆余曲折しながら自分が輝ける場所(芝2,000m)をようやく見つけ出したのです。

ゴールデンシックスティやカリフォルニアスパングルといったライバルたちがいない舞台では、マイル(芝1,600m)であろうと負けるわけにはいかないし、負けることはない。それがロマンチックウォリアーという馬だと筆者は結論づけました

香港馬2頭の臨戦態勢

ロマンチックウォリアーの前走は、4月の香港チャンピオンズデー、GⅠクイーンエリザベス2世カップ(芝2,000m)に出走して見事に3連覇を達成しています。

YouTube 2024年 クイーンエリザベスⅡ世カップ(G1) | ロマンチックウォリアー | JRA公式

いつもより後ろからの競馬になりましたが、直線で粘り強く伸びて着差以上に強い勝ち方に見えました

オーストラリアへの遠征も経験していますし、もしかするとメイチの仕上げではないかもしれませんが、この勝ち方を見ればロマンチックウォリアーが安田記念で負ける姿は想像することが難しいです

一方、ヴォイッジバブルは前々走でドバイに遠征し、ナミュールも出走したGⅠドバイターフ(芝1,800m)に出走して13着に惨敗してしまいました。確かに落馬の影響も受けたでしょうが、それにしてもいつも伸びが見られませんでした。一方、ナミュールは勝ち馬と接戦を演じて僅差で2着でした。

そして、ヴォイッジバブルの前走は、ロマンチックウォリアーの前走と同じく香港チャンピオンズデーに開催されたGⅠ香港チャンピオンズマイル(芝1,600m)。結果としては3着に敗れてしまいましたが、同レースに出走していたゴールデンシックスティは4着に敗れ(これが引退レース?)、初めてゴールデンシックスティに先着しました

YouTube 2024年 チャンピオンズマイル(G1) | ビューティーエターナル | JRA公式

しかし、ドバイターフは別としても、得意のマイルでヴォイッジバブルが負けてしまったのは事実。臨戦過程を見る限りは、遠征の疲労度なども加味して、ロマンチックウォリアーに比べてヴォイッジバブルにとっては厳しい安田記念になりそうな気がしています

安田記念と香港チャンピオンズマイルの勝ちタイムを比較した

世界各国でレースタイムの計測方法は異なることを前提として、お互いに密接な関係がありそうな安田記念と香港チャンピオンズマイルの勝ちタイムを比較してみました

いかがですか?なんとなく、安田記念とチャンピオンズマイルの勝ちタイムの推移が似ていると思いませんか?

安田記念が不良馬場で行われた1998年と2014年を除くと、どちらのレースも年数が進むにつれて勝ちタイムが速くなる傾向があります。つまり、日本はこれまでさんざんタイムの高速化が言われてきていますが、実は、香港競馬も同様に高速化しているようなのです。馬場の高速化もあるかもしれませんが、最も考えられるのは、香港馬のスピード能力が向上したこと。特にここ数年ゴールデンシックスティが計測したタイムはかなり日本のタイムに近づいています。

そして、稍重の馬場だったとはいえ、今年のチャンピオンズマイルはここ数年で一番遅いタイムでした。果たして、今年の安田記念のタイムも遅くなるのか、どうなるのでしょう。

香港馬の好走条件はミドルペース&重馬場

最後に、香港馬が安田記念で好走できる条件を調べてみたところ、2つのポイントが見つかりました。

1点目はペース。

過去の安田記念で香港馬が好走したレースのペースを調べたところ、のきなみミドルペースであることが分かりました。

2000年(フェアリーキングプローン1着)、2005年(サイレントウィットネス3着&ブリッシュラック4着)、2006年(ブリッシュラック1着)、2008年(アルマダ2着)といずれのレースでもミドルペース(前半800mと後半800mのペースがほぼ同じ)だったのです。

逆に、ハイペースのレースやスローペースのレースでは香港馬の成績がよくありません。2016年(ロゴタイプ)はスローペースでしたが、この時に参戦したコンテントメントは12着と惨敗しました。おそらく、瞬発力やスピードが勝負の決め手となるようなレースが香港馬は苦手なのでしょう。これは、香港競馬の特徴や香港馬の血統的な背景が関係しているかもしれません。

2点目は馬場状態。

過去に重馬場で行われた安田記念では、香港馬が比較的いい走りを見せていたのです

特に印象深いのは、不良馬場で行われた1998年の安田記念(優勝馬タイキシャトル)。日本馬が雨でもがいている中、アイルランド産の香港馬オリエンタルエクスプレスとアメリカ産のタイキシャトルは抜群の手ごたえで直線を抜け出し、オリエンタルエクスプレスは2着に入る健闘を見せたのです。やはり欧州血統の馬は重馬場が得意ということでしょう

YouTube 1998年 安田記念(GⅠ) | タイキシャトル | JRA公式

ロマンチックウォリアーはアイルランド産、ヴォイッジバブルはオーストラリア産です。今年のレースも雨で馬場が渋れば、ロマンチックウォリアーに追い風が吹くかもしれません

結論:ロマンチックウォリアーの安田記念制覇は十分期待できる

以上を踏まえて、ロマンチックウォリアーの安田記念制覇はかなり期待できると考えています。

ヴォイッジバブルの逆転は、正直厳しいのではないでしょうか。

日本勢も「地の利」を生かしたいところですが、よほど調子が悪いとか展開が向かないという状況が起きない限りは、このスーパーホースに苦戦するでしょう。太刀打ちできるとすれば、筆者はソウルラッシュ、ナミュール、そして前残りの展開であればウインカーネリアンあたりだと予想しています。

詳しくは、以下の記事で安田記念出走馬の全頭評価をしていますので、ご参照ください。

参考文献・参考サイト

サラブレBOOK「海外GⅠレース馬券必勝ガイド」(関口隆哉・宮崎聡史著、KADOKAWA)

JTBホームページ「 香港の気候と服装、観光のベストシーズン」https://www.jtb.co.jp/kaigai_guide/report/HK/2017/07/hongkong-climate-clothing.html

Loveuma.ホームページ「香港・日本、両競馬大国の引退馬を取り巻く“決定的な差”とは」https://www.loveuma.jp/post/lm_230328

香港ジョッキークラブホームページhttps://www.hkjc.com/home/english/index.aspx

公益財団法人ジャパン・スタッドブック・インターナショナルホームページ「世界の競走馬調教法(連載第5回)(香港)【その他】」https://www.jairs.jp/sp/contents/w_news/2008/12/4.html

JRA-VAN World「【世界の騎手紹介 Vol.5】ジョアン・モレイラ」https://world.jra-van.jp/column/C0000125

JRAホームページ「安田記念(GⅠ)出走予定 外国馬プロフィール」https://jra.jp/news/gaikokuba/2024/yasuda01.html

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